# ノールランドの幽霊飛行士

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事件ファイル 064 · 1933–1934

公開: 2026年10月6日

1933～34年の冬、スウェーデン北部の人々は、そこにいるはずのない飛行機を見はじめた。強風のなか灯台のそばを疾走する光である。空軍はスキー装備のFokkerを送りこんで幽霊飛行士を追わせ、ノルウェーの捜索隊は墜落した飛行機を探して山に登り、それが石だったことを知った。フィンランド陸軍は、自国の光のうち飛行機だったものは一つもなかったと結論した。

![白黒写真。星形エンジンを積んだ複葉機がスキーを履いて深い雪の上に立ち、黒っぽい冬服の男たち6人が、白く何もない空を背に、その翼と尾部を押し支えている。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-hero.webp>)

1932年、F 4フレースエンで雪の上から送り出されるスウェーデン空軍のFokker S 6偵察複葉機（スキー装備）。1933年の暮れに幽霊飛行士の追跡を始めたのが、この機種とこの航空団だった。写真：撮影者不詳、Flygvapenmuseum、パブリックドメイン・マーク、DigitaltMuseum経由。

## 概要

- **日付:** 1933年11月下旬から1934年3月初めまで。最盛期は1934年1月。1936～37年の冬に小規模な第2波
- **場所:** スウェーデン北部のノルボッテン県とヴェステルボッテン県。ソシェレ（Sorsele）とテールナの山地からボーデン要塞、トーネ川流域まで。ノルウェーのヘルゲランからフィンマルクにかけて、さらにケミとフィンランド領ラップランドからも報告
- **報告の種類:** 集団目撃
- **解明状況:** [未解明](<https://uap.fun/ja/encounters/?resolution=unexplained>)
- **記録の状態:** スウェーデンの参謀本部は「あった」と言い、フィンランドの参謀本部は「なかった」と言った

## 物語

### 山の上のサーチライト

この話が初めて活字になったのは1933年12月12日、ボスニア湾に面したウメオの保守系日刊紙Umebladetにおいてだった。2日のうちに、ストックホルムの新聞Nya Dagligt Allehandaもその男の話を手に入れた。男の名はGunnar Ågren。ソシェレ教区の王室森林監督官で、その秋に開通したばかりの内陸鉄道が通るラップランドの奥地に住む、「その信頼性を誰も疑う必要のない、信用ある教区の役人」だった。それでも彼の話は冒険小説のように聞こえる、と新聞は認めている。11月の最後の週、彼はフョソッケン湖（Fjosokken）のほとりのフェルシェーネース（Fjällsjönäs）に所有する農場に滞在していた。農場を借りていたのはErikssonという一家である。ある晩、広大で人けのない山々に夕闇が降りるころ、彼ははるか遠くに1機の飛行機を見た。彼と農場の人々が見守るなか、それはグヴェルテフィエレット（Guvertefjället）の高原の雪原にゆっくりと降り、10分ほどとどまって、また飛び立った。いくつもの灯火をともし、強力なサーチライトで雪を照らしていた。それから1時間近く、サーチライトを下に向けたまま着陸地点の上を旋回し、やがて鉄道に沿って北へ去っていった。フェルシェーネースの人々は1週間、毎晩同じ時刻にそれを見た。エステルスンドの第4航空団は、ヴェステルボッテンの山地で演習飛行は行っていないと述べ、ボーデンの救急機もソシェレの山々の上には行っていなかった。12月13日には、Umebladetは監督官本人の言葉を載せている。前の晩の5時20分、もやのかかった天気のなかで、彼はまたその光を見た。山のほうのはるか遠くに「強い輝き」があり、ほかの晩と同じように速く動いて旋回していたという。暗くなってからしか見ていないので、飛行機かどうか確かなことは言えない。だが、「何かの天体だという説を出した人がいるが、それはまったくばかげている。そんなものが来る日も来る日もあの上を旋回するなどということは」。フェルシェーネースは突如として新聞の関心の的になった、と同紙は結んでいる。まもなく隣のステンセーレの地区警察署長Liedénは、Västerbottens-Kurirenに、最初の目撃は11月17日にさかのぼり、飛ぶ光は「ほとんどすべてのラップランドの教区で、アルヴィッツヤウルで、モーローで、ヴィルヘルミーナで、ドロテーアで」、さらにオーセレ、テールナ、ソシェレ、ステンセーレで見られていると語った。スウェーデンのUFO史家Clas Svahnが記すところでは、12月半ばには、ソシェレの同僚警察官が、エンジン音が聞こえなかったのだから、フョソッケンの物体はオーロラだったにちがいないと言っていた。ストックホルムでは12月23日、国の気象官B. Rolf博士が別の候補を挙げた。「金星が酒の密輸ごっこをしているのか？」と見出しは問うた。この時期には金星の光が並外れて強くなることがあり、「跳ねたり踊ったりしているように見えることも大いにありうる」と彼は言った。

情報源: [Mystiskt flygplan över Lapplandsfjällen（ラップランドの山々の上の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1719836?page=1>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Spökflygaren i Norrland（ノールランドの幽霊飛行士）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836245?page=8>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Er det Venus som leker spritsmugler?（金星が酒の密輸ごっこをしているのか？）](<https://www.nb.no/items/5dde959be6c2dbeefe3b66f59e99a2f0>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>)

![セピア色の写真。左に小さな八角形の売店がある黒っぽい木造2階建ての駅舎の前、砂利敷きのホームに、外套と帽子姿の群衆が集まっている。手前には背の高い信号柱と2本の線路。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-sorsele-station.jpg>)

1933年9月30日、内陸線のアルヴィッツヤウル～ソシェレ区間が開通した日のソシェレ駅。左の小さな売店は、その3か月後、夜明け前に灰色の単葉機が駅の上空にとどまったとき、Olof Hedlundが立っていた場所である。写真：撮影者不詳、Järnvägsmuseet、パブリックドメイン・マーク、DigitaltMuseum経由。

[画像の出典](<https://digitaltmuseum.se/021018146959>)

[Public Domain Mark · Järnvägsmuseet](<https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/>)

### 密輸業者と救急機のパイロット

最初の説は酒だった。ボスニア湾を越える酒の密輸は盛んな商売で、母船からスウェーデンとフィンランドの沿岸へと運びこまれており、フィンランドの沿岸警備隊は密輸業者を追うためにヴァーサに飛行機を1機置いていた。Umebladetの記事の2日後、極北でただひとり現役で飛んでいた飛行士、ボーデン救急機のGunnerfeldt軍曹が、専門家としての最初の意見を新聞に語り、1週間ほどのちには覚書を書いた。密輸業者の飛行機なら、ノルウェー沿岸のノルドラーネンからストゥールマンまで、「16スウェーデン・マイル、飛行時間にして約1時間」（1スウェーデン・マイルは10キロメートル）を、「1キロあたり約90エーレ」、つまり1クローナ弱の運賃で荷を運べる、というのである。この覚書は3年後、スウェーデン議会であるリクスダーグで、ウメオ選出の社会民主党議員Elof Lindbergによって長々と読み上げられた。Lindbergは、軍曹の権威を受け入れた新聞はほとんどなく、空軍自身の偵察によってまもなく彼の着陸説は成り立たないことが示されたが、それでもGunnerfeldtは自説に固執し、「ついには軍司令官Reuterswärd少将を味方につけた」と指摘している。救急機そのもの、スキーを履いたJunkersは、目撃者たちが侵入者と見まちがえたものの一つとして軍の記録に登場する。クリスマス・イブには、この機は本当に2回飛んでいた。夜9時15分、吹雪のなかエーヴェルカーリクスへ飛び立ち、かがり火で示された着陸地点に降りて、Browning銃の暴発で負傷した10歳の少年を運んだのである。

情報源: [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Ett mystiskt flygplan över Kalixtrakten（カーリクス地方の上空の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836201?page=3>) · [En spennende flyvning（はらはらする飛行）](<https://www.nb.no/items/95f9dd1180209f4a09d0cd9aea8de368>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>)

![白黒写真。リュックを背負いストックを手にしたスキー姿の兵士たちが、スキーを装着し、円形標識に三つの王冠が描かれた波板金属製のJunkers単葉機の横に立っている。背後は雪原と木の茂った丘。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-ambulance-plane.jpg>)

スウェーデン空軍のJunkers W 34救急機のそばに立つスキー姿の兵士たち。1934年から1945年のあいだの撮影。1933～34年の冬、極北でふだん飛んでいた航空機はボーデンの救急機だけで、そのパイロットGunnerfeldt軍曹が幽霊飛行士についての最初の覚書を書いた。写真：撮影者不詳、Flygvapenmuseum、パブリックドメイン・マーク、DigitaltMuseum経由。

[画像の出典](<https://digitaltmuseum.se/0210111481304>)

[Public Domain Mark · Flygvapenmuseum](<https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/>)

### カーリクス上空のクリスマス・イブ

クリスマス・イブの午後5時から6時のあいだ、1機の機械がボスニア湾から入ってきて、カーリクス沿岸のスカーグスウッデン（Skagsudden）の上を通り、西へ進んでいった。フィンランドの通信社がルレオ発で伝えたところでは、それは「サーチライトを積んでおり、その光線が景色の上を探るように動いていた」。カーリクス沖のストーレン島（Storön）からは、もっと前の飛行機の知らせが届いた。12月2日の夜遅くに東から西へ横切ったという（フィンランド語の新聞のなかには12月23日と誤植したものもある）。Norrbottens-Kurirenはさらに古い例を掘り起こした。10月半ばの正午に沿岸上空を飛んだフィンランドの国有機、11月7日にマローレン灯台の職員が見た東へ飛ぶ機械である。ルレオ発の記事によれば、住民たちは、この訪問が湾に停泊する船からの酒の密輸と関係していると確信していた。国境の向こうでも、同じ説明がノルウェーの地で試されていた。12月28日、モーシェエンの警察署長Ole Tobias OlsenはAftenpostenに、ヘルゲランの最も外側の島の一つにある辺鄙な土地、「古い密輸業者の巣として知られる」リュングヴェール（Lyngvær）を、12月中に少なくとも3回、12日、14日、そしてクリスマスに飛行機が訪れたと語った。ヴィークの保安官は税関の巡視船でそこへ向かったが、嵐に押し戻され、たどり着いたときには何も見つからなかった。12月29日金曜日の夕方6時ごろ、テールナのヨエシェーン（Joesjön）の人々は、光が国境を越えてハットフィエルダールの方へ向かうのを見守った。その夜、ハットフィエルダールの保安官とその妻は、光が山の上空高くをヴィークの方へ通り過ぎるのを見た。12月の最後の数日、ストックホルムの政府は計画を立てはじめ、エステルスンドの第4航空団は電報で警察と連絡をとるよう命じられた。12月30日、イェリヴァーレの東、ムオリエヴァーラ（Muorjevaara）の道路にいた2人のドライバーは、機械が50メートルか60メートルの高さを「まったくはっきりと」通り過ぎるのを見た。そして1月2日、Washington Timesは読者に、スウェーデン陸軍の飛行士たちが、数週間にわたってラップランド上空で目撃されてきた謎の飛行機を追うよう命じられたと伝えた。最近では激しい吹雪のなかをノルウェーの方へ飛んでいく音が聞こえたという。「彼は密輸業者だと考えられている」。

情報源: [Ett mystiskt flygplan över Kalixtrakten（カーリクス地方の上空の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836201?page=3>) · [Luulajan tullinhoitaja syyttää merivartiostomme koneita aiheettomasti（ルレオの税関長、わが沿岸警備隊の機を根拠なく非難）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1831215?page=4>) · [Det mystiske fly har besøkt Lyngvær（謎の飛行機がリュングヴェールを訪れた）](<https://www.nb.no/items/28ce39bf732a4fd5f01fbbfc5f443971>) · [Spökflygaren i Norrland（ノールランドの幽霊飛行士）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836245?page=8>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 2（1930年代の謎の飛行機 第2部）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/91.FSR_djvu.txt>) · [Major von Porat rapporterer til general Virgin（von Porat少佐、Virgin将軍に報告）](<https://www.nb.no/items/72d9ddd559c54fc062a085748a0c2c58>) · [Swedish Army Fliers Hunt Mystery Plane（スウェーデン陸軍の飛行士たちが謎の飛行機を追う）](<https://www.loc.gov/resource/sn84026749/1934-01-02/ed-1/?sp=5>) · [Svar å interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O8.text>)

### 駅の上の灰色の単葉機

初期の報告のなかで最も詳細なものは、新年にソシェレから届いた。ヴィルヘルミーナの売店会社に勤める若い男Olof Hedlundは、夜更けに、ソシェレ駅の売店にある印刷物の在庫を確かめに行った。「中にいたとき、突然、上から、空から来るような奇妙な音が聞こえたのです」と、彼はオスロの新聞Dagbladetに語った。駅舎の上に大きな飛行機がとどまっていて、その輪郭がはっきり見えた。そのあたりで見たことのある軍用機よりずっと大きく、単葉で、完全に密閉された操縦室があった。車輪はなく、「フロートかスキー」を付けていて、「驚くほど性能のいい消音器」のおかげで、ほとんど音を立てなかった。午前3時半のことである。Västerbottens-Kurirenは、それは灰色で、識別標識が一つもなく、エンジンを切って月明かりのなかソシェレの上を滑空していったと付け加えた。フィンランドの通信は、それを、いかなる文字も記されていないスキーかフロートを付けた灰色の大きな単葉機として伝え、Keelの要約は、それが駅の上を3回旋回し、鉄道に沿って北へ去ったと付け加えている。Dagbladetの記者は、Hedlundは兵役を航空部隊で務めており、「自分が何を言っているのかわかっているはずだ」と記した。ところが、翌日彼と話した警察官によれば、そのとき男は謎の飛行機のことなど一言も口にせず、駅の係員Emil Strandも何も気づいていなかった。のちにLindbergはリクスダーグでこの話を解剖している。その夜勤務していた駅員は、夜の大半を構内の外で過ごしていたが、機械を見も聞きもしなかった。また、15分間の訪問があったとされるすぐあとに売店の主任と会った郵便係は、あれこれと話をしたが、彼は「本当に生身の幽霊飛行士を見た最初の幸運な人間だということを、一言もほのめかさなかった」。それを触れまわる必要を感じたのは、朝もだいぶ遅くなってからだった。「それでも、ボーデンで最初これが鵜呑みにされたことは知られている」。エステルスンドでも鵜呑みにされた。1月2日、第4航空団のGösta von Porat少佐は空軍司令官Eric Virgin将軍に、何人もの人がさまざまな機会にその機械とサーチライトの輝きを見ており、そのなかには自分の航空団の元兵士2人も含まれていると報告した。飛行機はどうやらノルウェーから入ってきて、テールナ、ステンセーレ、ソシェレを結ぶ三角形の内側で湖の上、とくにストゥールマン湖の上を飛んだらしい。県の行政当局から要請があれば3機を送るつもりだ、と彼は書いた。「どう見ても、荒野の山々で目撃されたのは飛行機にちがいない」とVirginはDagbladetに語った。彼はできるかぎり長くその存在を疑っていたのだった。エステルスンドから400キロメートル離れた荒野に捜索に出るとなれば、山地にガソリンとオイルの集積所が必要な「大がかりで金のかかる事業」になる。そして飛行機の基地は「きっとノルウェー側にある」。

情報源: [Olof Hedlund forteller om spøkelsesflyet over Sorsele（Olof Hedlund、ソシェレ上空の幽霊機を語る）](<https://www.nb.no/items/33ec11dfe69fc10ae90e8dcc41995d24>) · [Frk. Gidsken Jakobsen om spøkelsesflyene（Gidsken Jakobsen嬢、幽霊機について）](<https://www.nb.no/items/e25f4bebe7eee4aedaca74f92ddaa11d>) · [Major von Porat rapporterer til general Virgin（von Porat少佐、Virgin将軍に報告）](<https://www.nb.no/items/72d9ddd559c54fc062a085748a0c2c58>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 2（1930年代の謎の飛行機 第2部）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/91.FSR_djvu.txt>)

### 報告の雨

「報告は土砂降りの雨粒のように次々と流れこんでくる」と、Norrbottens-Kurirenは1934年1月8日に書いた。Svahnによれば、日によっては100件を超える報告が寄せられた。ルレオでは、カールスヴィーク行きのバスのエンジンが飛行機と取りちがえられた。ノートヴィーケンのある男は、鉄道の信号を低空を飛ぶ幽霊機だと思った。1月10日には、スンデルビーンに機械が降りたという噂が立ち、車の列が現場へ押しかけた。イェリヴァーレの観光客、マルムベリェットの猟師たち、ルレオの運転手が、みな同じ日に、標識のない、薄い灰色の非常に速い単葉機で、翼幅が驚くほど大きかったと報告した。1月9日の夕方6時少し前、Viktor Rhénと2人の友人はリーカヴァーラ（Liikavaara）で「西の山々の上の空間で上がったり下がったりする、動く星」を見守った。5分ほどするとそれは向きを変え、彼らはそれが飛行機だったにちがいないと確信した。ただし「距離が遠かったのでエンジンのうなりは聞こえなかった」。Svahnが指摘するように、報告の10件中ほぼ9件では、あたりがあまりに暗く、見えたのは「灯火とサーチライト」だけだった。

情報源: [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>)

### ホルメーガッド上空の赤と緑

沿岸からの報告のなかで最も印象的なものは、クヴァルケン海峡の入口にあるホルメーガッド（Holmögadd）の灯台から届いた。のちにLindbergが灯台守自身の証言から再構成したところによれば、1月6日の夜8時3分前、灯台守Ruthqvistは奇妙な光が灯台に向かって進んでくるのを見て、職員と家族を呼んだ。30秒のうちに7人が、赤と緑の2つの光が速い速度で近づいてくるのを見守っていた。猛烈な強風が吹き、波の轟きがあまりに大きかったので、真上を飛んでいてもエンジンの音は聞こえなかっただろう。光は沖合600メートルほどのところを、おそらく400メートルの高さで通り過ぎ、ヴァルセーアルナ（Valsöarna）の小島の沖で突然150メートルまで下がった。それからまた上昇し、灯台守の時計でちょうど8時2分、東北東の海上、フィンランドの方角へ消えた。同じ瞬間、ホルメン島の沿岸警備員Nymanは、灯台の方向に奇妙な赤い光を見た。「排気管から出る光にいちばん近い」ものだった。本土のテフテオーの人々もそれを見た。フィンランドの沿岸警備隊に警報が出され、オストロボスニア沿岸のすべての監視所に見張りが立った。そこでは雪のなか、誰も何も見なかった。1月9日火曜日の晩、飛行士は戻ってきた。9時40分ごろ、灯台守Sandbergは、赤と緑の灯火がクヴァルケン西部の上を水面から50メートルほどの高さで、明かりのついた塔をめがけて突進してくるのを見て、灯台の全員を呼び出した。7人全員が見守るなか、機械はガッドストレンメンを過ぎて北東へ旋回し、100メートルほどまで上昇し、7、8海里沖で急旋回して、まっすぐ灯台に戻ってきた。それからグロッスグルンデット島（Grossgrundet）の周りを「何周も何周も」、1時間近く回りはじめた。「飛行士が何かを探しているのは明らかだった」とLindbergは報告している。もっとも、塔からは船も信号も見えなかった。旋回の際には左右の翼の灯火が一つに重なり、灯台守たちは「内部の光」、つまり操縦席の前で明かりのついた計器盤を見分けられたように思った。秒速5メートルの風が機械の進路とまっすぐ同じ向きに吹いていたので、エンジンの音は聞こえなかった。ついにそれは急な螺旋を描いて1500メートルほどまで上昇し、東に向きを変えて、来てから1時間15分後の10時55分ごろ、クヴァルケンの上を飛び去った。

情報源: [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Spökflygaren på väg mot Finland i fredags · Svenskt plan förolyckat（幽霊飛行士、金曜日にフィンランドへ向かう · スウェーデン機が事故）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924220?page=1>) · [Spökflygaren · Gidsken Jakobsen och löjtnant Nissinen（幽霊飛行士 · Gidsken JakobsenとNissinen中尉）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836373?page=4>)

![黄ばんだ新聞紙面の一部。スウェーデン語の大きな黒い見出しが、幽霊飛行士が金曜日にフィンランドへ向かっていたこと、ホルメン島の灯台から観測されたこと、沿岸警備隊に警報が出たが雪のなかで何も見えなかったことを伝え、その下にスウェーデン機の大破を伝える小さな見出しがある。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-svenska-pressen.jpg>)

1934年1月8日月曜日のヘルシンキの新聞Svenska Pressenの第1面。ホルメン島の灯台から目撃された、フィンランドへ向かう幽霊飛行士。その下には、それを追っていたスウェーデン陸軍機がテールナの湖で大破したという記事。1934年に発表された無署名の新聞記事で、フィンランドでは著作権が消滅している。フィンランド国立図書館デジタルコレクション経由。

[画像の出典](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924220?page=1>)

[Public domain by age · National Library of Finland](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/terms>)

### 追跡

1934年のスウェーデン空軍は小規模で、装備は複葉機、北部には基地が一つもなかった。1990年代に記録を調べた航空史家Jan Waernbergによれば、最初の偵察飛行を行ったのは、エステルスンド郊外のフレースエンを本拠とする第4航空団（F 4）のスキー装備のFokker S 6複葉機で、はじめ2機、のちに4機だった。これに新聞Stockholms-Tidningenが所有する軽飛行機ヴィーキング号が加わり、その乗員はヴィルヘルミーナで光を見て離陸し、追ったが見失った。1月には、ヴェステロースの第1航空団の数機が沿岸のウメオとホルムスンドへ移った。過酷な飛行だった。S 6の後部座席に乗る観測員Eric Hemtkeは、クリスマス休暇から慌ただしく呼び戻された。あれほどの慌ただしさは「第二次世界大戦中でさえ」二度と経験しなかったという。雪が降り、気温は零下18度で、彼の機は最初の任務で墜落し、パイロットと観測員は「まったくの奇跡」で助かった。彼の指揮官が湖に着陸して、自分たちがどこにいるのか農家に尋ねようとしたとき、中の人々は「幽霊飛行士が怖くて」扉を開けようとしなかった。熊の毛皮を着てパラシュートを背負い、顔を覆面で覆った飛行士たちを、幽霊飛行士そのものと思ったのである。1月7日日曜日、エステルスンドの3機のうちテールナの湖に着陸していた1機が、氷の上から再び離陸しようとしてひっくり返った。Dagens Nyheterに拠ったSvenska Pressenによれば、機は激しい雪の突風のなかへ上昇し、高度50メートルで突風に翼を押し下げられて裏返しになり、機体は「完全に大破」したが、乗員はほとんど無傷だった。ノルウェーの新聞は、氷の上で横倒しになって片翼を折り、パイロットはテールナの病院に入ったと伝えた。機体はトラックでウメオへ運ばれた。Waernbergの数えでは、墜落は全部で6件にのぼる。1月11日、国防大臣Ivar Vennerströmは空軍の秘密報告を要約して発表した。第4航空団の司令官は1月10日に、捜索した地域には上空から発見できるような秘密の航空基地は存在しないと結論しており、ボーデン要塞地帯からも、ほかのどの立入禁止区域からも、未知の飛行士についての報告は省に届いておらず、フィンランド当局は報告はまったくないと言っている、というものだった。大臣は、これ以上の措置をとる理由はないと考えた。1月20日、Aftenpostenは、スウェーデン空軍は何も新しいことが起きなければまもなく捜索を打ち切るつもりだと報じた。謎の飛行機が2機あったことは「確定したものとみなされている」が、スウェーデン当局が集中的な活動を始めて以来、「飛行機は姿を見せていない」。

情報源: [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [Spökflygaren på väg mot Finland i fredags · Svenskt plan förolyckat（幽霊飛行士、金曜日にフィンランドへ向かう · スウェーデン機が事故）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924220?page=1>) · [Svensk militærfly havarert i Tärna（スウェーデン軍用機、テールナで大破）](<https://www.nb.no/items/d6501fd749662df4907de348174a3b6a>) · [Spökflygaren. Svenska flygvapnets rapport（幽霊飛行士。スウェーデン空軍の報告）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836368?page=5>) · [Det svenske flyvevåben akter å slutte eftersøkningen（スウェーデン空軍、捜索打ち切りへ）](<https://www.nb.no/items/6df524575a60f164d9c8e5467032bc1f>) · [Olof Hedlund forteller om spøkelsesflyet over Sorsele（Olof Hedlund、ソシェレ上空の幽霊機を語る）](<https://www.nb.no/items/33ec11dfe69fc10ae90e8dcc41995d24>)

### Virgin将軍の集団暗示

Virginは57歳の陸軍将校で、1931年以来、まだ若い空軍を率いていたが、その言い分は週ごとに変わった。1月10日、彼はÖrnsköldsviks-Postenに、ロシアの実験という仮説は信じないと語った。「もっとも、実際のところ何が問題なのか、われわれはほとんど何も知らないと認めざるをえないが」。酒の密輸業者説も信じていなかった。「1機より多い機械が関わっているにちがいないことも、私ははっきりわかっている。だが、事がどういうものなのか、あえて断言はしない。飛行機には何らかの集積所があるはずで、私の見るところそれは国外にあるが、ロシアにはありえない」。尋ねられると、たぶんノルウェーの沿岸か、フィンランド湾のどこかだろうと彼は同意した。翌日、ヘルネーサンドで彼は、少し前に外国の飛行機がヴェステルボッテン上空で目撃されたことは確定したとみなしてよいと述べた。それ自体は何も驚くべきことではない。正しく標識をつけた航空機なら、要塞の上を除けば、スウェーデン領の上空を飛ぶ権利が十分にあるからだ。残りのことを、彼は奇妙だと思った。「人々が空に見たと信じた、多かれ少なかれ謎めいた光をもとに、出現する飛行機械についてのこのような集団的妄想が生まれえたことは。この一件全体は、並外れて広まったパニック気分であり、集団暗示であると言わねばならない」。Svahnはもっと長い文面を伝えている。「何かたくらみを抱いた飛行士が、サーチライトと灯火を丸見えにして、人口の密集した場所の上空に繰り返し現れるなど、まったくの子どもじみたことだというのは誰の目にも明らかだろう。酒の密輸業者やスパイが本当にそんなふるまいをするだろうか？」。新聞はすでに党派ごとに割れていた。のちにその冬全体のスウェーデンの新聞10紙あまりを読んだAnders Liljegrenによれば、右派の新聞は事件を書き立ててロシア人のせいにし、左派は懐疑に傾くか、ドイツ人のせいにした。1月半ば、ストックホルム駐在のソ連公使Alexandra Kollontaiは噂を否定し、ヘルシンキ駐在の同僚Boris Steinはこの一件を「でっちあげの新聞のセンセーション」と呼んだ。2月初めにはTassが、ソ連機についてのフィンランドの新聞の主張を「挑発的」だと断じた。「ソビエト・ロシアの飛行機がノルウェー、スウェーデン、フィンランドの領土の上を飛んだことなど一度もないのは言うまでもない」からである。ルレオ選出の共産党議員Hilding Hagbergは2月2日、ロシア説がどこから来たのかをリクスダーグで明かした。Umebladetの記者で、スウェーデンの通信社TTの地元通信員でもある男が、社内の冗談としてロシアの飛行士について一行書いたところ、それが手違いでVästerbottens-Kurirenの第1面に出てしまったのだという。「いまや私は窮地にはまりこんでいる」と、その男は彼に言った。

情報源: [Spökflygaren · Gidsken Jakobsen och löjtnant Nissinen（幽霊飛行士 · Gidsken JakobsenとNissinen中尉）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836373?page=4>) · [En sällsynt utbredd panikstämning och en massuggestion（並外れて広まったパニック気分と集団暗示）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836359?page=3>) · [Spökflygarna höra icke hemma i Ryssland anser general Virgin（幽霊飛行士たちはロシアの者ではない、とVirgin将軍）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1887981?page=3>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Spökflygaren under militär observation（幽霊飛行士、軍の監視下に）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924306?page=1>) · [Tass dementerer（Tass、否定する）](<https://www.nb.no/items/90f199e8cf5bd9a2b684f41fc6a759e4>) · [Svar å interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O8.text>) · [Eric Virgin (militär)（Eric Virgin（軍人））](<https://sv.wikipedia.org/wiki/Eric_Virgin_(milit%C3%A4r)>)

![白黒の正式なスタジオ肖像写真。灰色の髪をなでつけた中年の男性が、勲章略綬を一列につけた濃い色のダブルの軍服姿で、かすかに微笑みながらやや左を見ている。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-virgin.jpg>)

1931年から1934年6月までスウェーデン空軍司令官を務めたEric Virgin少将。1934年1月12日、幽霊飛行士を「並外れて広まったパニック気分であり、集団暗示」と呼んだ。額装の肖像写真、撮影者不詳、Flygvapenmuseum、パブリックドメイン・マーク、DigitaltMuseum経由。

[画像の出典](<https://digitaltmuseum.se/021016538137>)

[Public Domain Mark · Flygvapenmuseum](<https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/>)

### 立入禁止区域の上空

やがて飛行士はボーデンへ向かった。ルレ川を見下ろす丘陵に砲台を環状に並べたこの要塞は北部の戦略上の心臓部で、その上空はあらゆる航空機に閉ざされていた。のちに首相がリクスダーグで述べたところでは、1月20日ごろ、立入禁止区域の上空を飛んだという最初の報告が入り、それとともに、Lindbergの言葉を借りれば、幽霊飛行は「軍事上の関心事となり」、そこでは「諜報の観点が支配した」。21日の日曜日には、ヴィンデルンの教会委員Grahn兄弟が、白昼、一人が「これまで見たなかでいちばん大きな機械」と呼ぶものを見た。灰色で、どうやら翼が2枚あったという。ハパランダでは税関長のStrömが、幽霊飛行士が町の上を旋回したことに疑いの余地はまったくないと語った。そのエンジンは「部屋の中まで響きわたるほどやかましかった」。1月22日月曜日の正午には、演習から戻る途中の「ボーデン守備隊の約30名」が、非常に高いところを飛ぶ機械を見て幽霊飛行士だと思い、スウェーデン機ではないと確信した。要塞司令官はそれを伝聞にすぎないと退けた。だが、その上官はそうしなかった。1月26日と27日、上ノールランド軍司令官Pontus Reuterswärd少将――62歳の歩兵出身で、前の年までみずからボーデン要塞司令官を務めていた――は、Norrbottens-Kurirenとフィンランドの新聞に、「軍人と民間人の双方の信頼できる人々によって航空機が観測されており、立入禁止区域内で飛行が実際に行われたことは確定したとみなしてよい」と語った。区域を守れるのは侵入者より速い航空機だけであり、手段がないために効果的な行動はとれなかったという。守備隊は見張りについた。当時ボーデンのA 8砲兵連隊の下級下士官だったSven Karlssonは、1989年にSvahnに、Lagerfeldt大佐の命令で6人の兵士を率いてスキーで7キロメートル進み、デーゲルベリェット（Degerberget）の頂上で90センチのサーチライトの番をしたことを語った。各班は午後1時を少し過ぎた夕暮れどきに到着し、1日後に交代した。「あそこに立っていると、ありとあらゆるものが見えてしまうのです」と彼は言った。兵士たちは何度も北斗七星を謎の何かと取りちがえた。「でも、航空機の音が聞こえることもありました。たいていは東か南東から北西へ向かっていました。でも、飛行機そのものは一度も見えませんでした」。彼がエンジン音を聞いたのは4、5回だった。岩の避難所の中まで鐘が鳴り、長靴と毛皮姿で駆け上がるころには、音は消えていた。Reuterswärdが声明を出したのと同じ日、右派の党首Arvid Lindman提督は首相に質問書を提出した。「世論ははっきりさせることを求め、不安を鎮めてほしいと望んでいる」。1月30日、Reuterswärdの要請により、戦闘機がボーデンに派遣されることになった。ヴェステロースの第1航空団のBristol Bulldogで、首相の説明では4機、通信社の報道では3機である。ノルボッテンとヴェステルボッテン全域に地上監視所の網が組織され、無線傍受部隊が南から呼び寄せられ、近隣諸国の首都に駐在する武官たちは集められるかぎりの情報を集めるよう命じられた。

情報源: [30 man i Boden se spökflyg（ボーデンで30名が幽霊機を見る）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1719759?page=1>) · [Mystisk fyrbåk av snö · Brinnande fallskärm över Siljan · Tullförvaltare Ström i Haparanda（雪の謎の標識灯 · シリヤン湖上の燃えるパラシュート · ハパランダの税関長Ström）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836387?page=1>) · [Kenraalimajuri Reuterswärd: lennot kielletyllä alueella toteennäytetty（Reuterswärd少将：立入禁止区域での飛行は立証された）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1896590?page=3>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O6.text>) · [Svar å interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O8.text>) · [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Pontus Reuterswärd](<https://sv.wikipedia.org/wiki/Pontus_Reutersw%C3%A4rd>)

![白黒写真。胴体に三つの王冠の円形標識と1217の番号をつけた単座の複葉戦闘機が、屋根の湾曲した格納庫の前の芝生に立ち、その後ろにもう1機の複葉機がいる。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-bulldog.jpg>)

スウェーデンでJ 7と呼ばれたBristol Bulldog（番号1217）。後ろにPhönix Drontが見える。F 1ヴェステロース、1932～35年ごろ。1934年1月30日、ヴェステロースのBulldogは、独自の戦闘機も航空基地も持たない地方であるボーデンへ派遣を命じられた。写真：撮影者不詳、Flygvapenmuseum、パブリックドメイン・マーク、DigitaltMuseum経由。

[画像の出典](<https://digitaltmuseum.se/0210113294574>)

[Public Domain Mark · Flygvapenmuseum](<https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/>)

### ケミ沖の光

最初に笑ったのはフィンランドだった。1月11日のHufvudstadsbladetで、飛行士のVäinö Bremer大尉は、沿岸警備隊の航空機の責任者Nissinen中尉の、飛行士たちはフィンランドでは一度も目撃されていないという言葉を伝えたうえで、難点を並べた。陸上機はあの地形には着陸できないし、水上機は凍った湖に降りられない。可能なのはスキーだけで、それでも着陸場所やガソリン集積所が誰にも見つかっていないのは「まったく理解しがたい」。「唯一の可能性は、単純に、カタパルトを備えた母船から機械が送り出されたということだろう」。3日後、参謀本部のA. J. Svensson中佐は、最もありそうな説明は西から来る飛行士が「大西洋上の航空母艦と組んで」動いていることで、日本の飛行士が秘密のガソリン集積所を設けているというのは「まったくありそうにない」と述べた。ところが1月23日火曜日の夕方6時15分、湾の奥にあるケミの沖合に光が見えた。はじめは排気の輝きだけだったが、目が慣れるにつれて機械の輪郭全体が見えてきた。それはつねに海の上を飛びながら、30分ほど町の沖を巡航し、南へ消えていった。Pohjolan Sanomatの編集者たちは自社の建物の屋根裏の窓から、訪れていた2人の名士、参事官Antti Junesと農学者Heikki Lampénとともにそれを見守った。国境監督官はスウェーデン側に問い合わせ、スウェーデンのものではないことを確かめた。同じ晩、同じ灯火をつけた機械が、エーヴェルトーネオ教会の上空高くをボーデンの方へ向かうのが見られ、トゥルトラのペッロではもう1機がスウェーデン側へ渡っていくのが見られた。「したがって幽霊飛行士は、ケミ、エーヴェルトーネオ、トゥルトラで同時に目撃されたことになり、3機いるにちがいない」。北オストロボスニア軍管区の司令官Tauno Ilmoniemi大佐はケミへ赴いた。新聞に伝えられたところでは、飛行機を見たのは地元の警察と国境警備隊員だけで、それも暗闇のなかでだった。参謀総長Lennart Oeschは、国境警備隊にはずっと前から監視を命じてあると明らかにし、自分自身の意見を述べることは控えた。

情報源: [Spökflygaren · Gidsken Jakobsen och löjtnant Nissinen（幽霊飛行士 · Gidsken JakobsenとNissinen中尉）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836373?page=4>) · [De mystiska flygarna icke setts till i Finland（謎の飛行士たちはフィンランドでは目撃されず）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924186?page=1>) · [Salaperäinen lentokone Kemin edustalla（ケミ沖に謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1831213?page=4>) · [Spökflygare ha alltså samtidigt setts i Kemi, Övertorneå och Turtola（したがって幽霊飛行士はケミ、エーヴェルトーネオ、トゥルトラで同時に目撃された）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836325?page=3>) · [Spökflygaren under militär observation（幽霊飛行士、軍の監視下に）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924306?page=1>)

### 氷の上の標識灯

1月26日、マクスニエミ（Maksniemi）の漁師たちが、ルーミスカリ（Ruumiskari）の沖500メートルの氷の上で一つの標識灯を見つけた。高さ1メートルの雪の塔を固く凍らせ、その上に防風ランタンを載せ、油タンクとして10リットルの酒用の缶をはんだ付けしたもので、沖合10キロメートルほどからも見えた。それは1月11日から油が尽きた14日まで昼も夜も燃えつづけており、スキーと足の跡が本土の方へ続いていた。誰が造ったのかは、ついにわからなかった。2月3日、Ilmoniemiは再現実験を行った。夕方7時35分、陸軍のFokkerが灯火をつけて、1月23日に幽霊飛行士がたどったのと同じケミ沖の航路を3回飛んだ。Junes、3人の編集者、ほかの目撃者たちは、その光は「1月23日とまったく同じだが、少し弱い」と言明した。ここから大佐は、その晩「正体不明の飛行機械が本当にケミの上空を動いていた」と結論し、1月31日にカリハーラで聞こえたエンジン音は「明らかにわが軍の機械の一つから来たもの」だとした。2月10日までに、Oeschは、ケミの新聞が載せた声明のなかで、北部の報告の大半は誤りと判明し、一部は正体不明の航空機を示しており、より確かな事例は東部国境のものだけだと述べるに至った。そこでは航空機の輪郭が見え、エンジン音がはっきり聞こえており、「そこから、これらの機械はソビエト・ロシアのものだったと結論してよい」。もっとも、それらについてさえまだ完全には確信できない、と彼は付け加えた。

情報源: [Mystisk fyrbåk av snö · Brinnande fallskärm över Siljan · Tullförvaltare Ström i Haparanda（雪の謎の標識灯 · シリヤン湖上の燃えるパラシュート · ハパランダの税関長Ström）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836387?page=1>) · [Överste Ilmoniemi meddelar: spökflygningen över Kemi rekonstruerad（Ilmoniemi大佐発表：ケミ上空の幽霊飛行を再現）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836369?page=6>) · [Kenraali Oeschin lausunto kummituslentäjistä · Fagerfjäll（幽霊飛行士についてのOesch将軍の声明 · ファーゲルフィエル）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1892682?page=1>)

### 空の大海蛇

フィヨルドと島々の長い海岸線をもつノルウェーには、最も豊富な報告が集まり、その新聞はこれを「空の大海蛇」と名づけた。早い段階で2つの声が論調を決めた。極地飛行士のHjalmar Riiser-Larsenは1月3日、Morgenbladetに、1915年にトロンハイムフィヨルドの人々が「飛行機を見たとまったく確信していた」ので調べてみたところ、秋の夕方にランタンを持って歩きに出た2人の小さな男の子が見つかったと回想した。「人は空にじつに信じられないほど多くのものを見るのです」と彼は言った。報告された観測はすべて同じ緯度に並んでおり、それは惑星を示唆している。不法な仕事をしている機械が灯火をつけたまま姿を見せつづけるのも妙な話だ、というのである。ナルヴィクの女性飛行士Gidsken Jakobsenは正反対の見方をとった。「幽霊飛行士の存在を信じるかって？　ええ、それは当てにしていいですよ！」と、彼女は電話でHufvudstadsbladetに語った。飛行士は1人ではなく大勢、少なくとも4人いて、ロシアか、ひょっとすると日本の飛行士が「共産主義の宣伝をまいているか、スパイをしている」。彼女は政府に航空部隊を動かすよう求めていた。もっとも5日前、Helgeland紙には、スキー付きとフロート付きの大型のJunkersが2機だと語り、自分の機がドイツからの部品待ちであることを残念がっていた。ローヴィクとヴィクナ諸島のあたりでは、飛行機が海に着水したと報告された。1月11日にはクヴァーレイ（Kvaløy）で両舷の灯火を見せて15分間、同じ夜にはスレイプシェール（Sleipskjær）で、1、2日後にはフラタンゲルのクヴァルプスンデット（Kvalpsundet）とオクスボーセン（Oksbosen）で。税関の監視艇エルネン号（Ørnen）はそれを追って座礁し、ノルラン号（Nordland）はフォラ海域の強風で浸水した。沿岸汽船ドロニング・モード号（Dronning Maud）の船長は、トロンハイムから北への航海中、乗客たちが何度も幽霊飛行士を見たと確信したと報告した。上下に揺れるように見える光だった。航海士たちはそのたびに方位を測ったが、そのたびにそれは金星だった。ウェーブ全体で唯一の至近距離からの証言は、1月の終わりにトロムソから届いた。貨物船トルデンショル号（Tordenskjold）の船長Sigvard Olsenと水夫Lars Olsenによれば、トロムソからカーベルヴォーグへ向かう途中、マランゲンの外海で真夜中に、大きな飛行機がまっすぐこちらに向かってきて、船の上を滑空していった。「強力なサーチライトが甲板を照らし、真昼のように明るかった」。灰色の大きな機械で、Amundsenの飛行艇Lathamによく似ていた、と船長は言った。その前部に、おそらくパイロットだろう、薄手のフード付きのウインドブレーカーを着て大きなゴーグルをかけた男が見えた。「機械には標識がなかった。彼らはわざわざそれを探したのだ」。それはフィヨルドを奥へと疾走していった。航海の後半、ブレッテスネスとスヴォルヴェルのあいだでは、ヨットのような白塗りの大きな船がフィヨルドで後進をかけて停まっていたが、トルデンショル号が近づくと沖へ出ていった。2人とも宣誓してもよいと言った。船長に改めてインタビューしたNordlysは、「謎の飛行機は幻とは別のものだ」ということは、いまや「いかなる疑いも超えている」と結論した。1月の最後の週、国防省は海軍中尉Kjærを幽霊飛行士の専門家として税関船で北へ送り、モルデからフィンマルクまでのすべての警察署長に彼へ報告するよう命じた。

情報源: [Riiser-Larsen om de mystiske fly（Riiser-Larsen、謎の飛行機について）](<https://www.nb.no/items/97a7677bfa627a7ebff0deaeb787a1a4>) · [Frk. Gidsken Jakobsen om spøkelsesflyene（Gidsken Jakobsen嬢、幽霊機について）](<https://www.nb.no/items/e25f4bebe7eee4aedaca74f92ddaa11d>) · [Spökflygaren · Gidsken Jakobsen och löjtnant Nissinen（幽霊飛行士 · Gidsken JakobsenとNissinen中尉）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836373?page=4>) · [Den mystiske flyvemaskin gikk ned på sjøen ved Kvaløy（謎の飛行機械、クヴァーレイで海に降りる）](<https://www.nb.no/items/0f4db18a0d6fd0e8d45e86d0e69f615a>) · [Passasjerene på «Dronning Maud» så spøkelsesfly（「ドロニング・モード」号の乗客、幽霊機を見る）](<https://www.nb.no/items/d705d044054bedc42aee3b783bf1dfde>) · [Spøkelsesflyet holdt på å renne «Tordenskjold» i senk（幽霊機、「トルデンショル」号をあやうく沈めかける）](<https://www.nb.no/items/ecc412b0e7877f95e19df8b5d5f26a51>) · [At det mystiske fly er annet enn syner må nu være hevet over enhver tvil（謎の飛行機が幻とは別のものであることは、いまやいかなる疑いも超えているにちがいない）](<https://www.nb.no/items/c6a3478b404a69de65cf2010c1e7c47e>) · [Strålkastarljuset från spökflygaren på ett norskt fraktfartyg（幽霊飛行士のサーチライト、ノルウェーの貨物船を照らす）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836384?page=1>) · [Spøkelsesflyene（幽霊機）](<https://www.skeptica.dk/?p=576>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 3: The Landings（1930年代の謎の飛行機 第3部：着陸）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/97.FSR_djvu.txt>)

### リクスダーグの論戦

1934年2月2日、首相Per Albin Hanssonは第二院でLindmanに答弁した。「質問書で述べられたような飛行が実際に行われたことは、まだ完全には確定していません」と彼は言った。「この件に関連して出てきた情報のなかには、おそらく注意に値しないものもあります。いくつかの場合には観測者が明らかに誤っており、ほかの場合にも想像力に手綱をゆるめすぎたように思われます。しかし、ほかの報告は、信用と注意に値する性質のものです」。彼はとられた措置を説明した。12月の最後の数日から計画が始まったこと。航空偵察がまずヴェステルボッテンのラップランド部、次いで県の低地部と湾の一部の上空で行われ、そこから、ヴェステルボッテンの陸地にも沿岸にも湾の沖にも外国機の基地や集積所は存在しないと結論できたこと。いわゆる幽霊飛行士が目撃されたすべての場所での地上の対空監視も、やはり成果がなかったこと。ボーデンの警備の強化。1月30日に命じられた航空機の派遣。「ほかに実施され、あるいは計画されている措置もありますが、それは公にすべきではありません」。ボーデンの歩哨はまだ誰一人何も見ていない、と彼は付け加えた。要塞からの報告は民間人と、「演習に出ていた部隊の半数」に拠るものだった。Lindmanは聴音機、サーチライト、そして必要とあらば砲火を求めた。社会党のKarl Kilbomは、この一件には「幽霊飛行以外の何もない」と見た。それが政治的な幽霊飛行なのかどうかははっきりとは言わないが、「もしそうなら、なおさら悪い」。いわば新手の、のこぎり目立て屋騒ぎだ、というのである。戦前に、のこぎりの目立てを生業とする渡り職人に変装したロシアのスパイをめぐって起きたパニックのことだ。彼はレクサンド事件をあざ笑った。パラシュートのような燃える物体がシリヤン湖に落ち、色紙と綿くずと灯油の匂いを残した一件で、彼の言葉では「薄紙でできた焼夷弾まるごと一つ」、地元の歯科医の仕業だった。Nya Dagligt Allehandaがその日曜日に歯科医の正体を暴いたことに触れたHagbergは、この一件をスウェーデン国民へのいたずらと呼び、空軍の強化を勝ちとるために「良心のかけらもなく利用された」と述べた。翌朝のDagens Nyheterの見出しは、4人の弁士の戯画の上にこう掲げた。「幽霊飛行は完全には確定せず」。

情報源: [Svar å interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O8.text>) · [Mystisk fyrbåk av snö · Brinnande fallskärm över Siljan · Tullförvaltare Ström i Haparanda（雪の謎の標識灯 · シリヤン湖上の燃えるパラシュート · ハパランダの税関長Ström）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836387?page=1>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>)

### ファーゲルフィエルの飛行機

いちばん奇妙な出来事はノルウェーで起きた。1934年2月6日の午後、モールセルヴ（Målselv）からトロムソにセンセーショナルな知らせが届いた。外国籍の飛行機械がファーゲルフィエル（Fagerfjell）に墜落したというのである。モーエンの保安官Valderhaugの説明によれば、フグレリ（Fugleli）のHans Jørgensenという男が前の晩、2月5日月曜日に山の上に飛行機があるのを見て、ほかの人々に伝え、彼らもそれを見た。双眼鏡で見ると、2人の男がそのそばで作業しているようだった。新聞によれば、目撃者のなかにはフグレリに住む年配の中尉もいた。火曜日の朝になっても飛行機はまだそこにあり、2度離陸を試みて、2度とも失敗した。月曜日にはエンジン音は聞こえなかったが、吹雪が荒れ狂っていた。火曜日には、Mårtenssonの農場で家畜に餌をやっていた女性が、山からその音を聞いた。保安官は地形をよく知る8人の男を副保安官とともに山へ送り、トロムソ連隊のFaye大佐に報告した。大佐はハシュタの第6師団のJohannessen将軍に通報した。最初の捜索隊は何も見つけなかった。その夜、モールスネス（Målsnes）の4人が、2つの灯火をつけた飛行機が「ファーゲル山のあたりからまっすぐ」南東へ飛び去るのを見た。翌日、さらに3隊が山に登り、Tidens Tegnは、ある巡視隊が、飛行機が目撃された場所から300～400メートルのところで、長さ約75メートル、幅80センチの2本の平行な跡と、その周りの足跡を雪の上に見つけたと報じた。Kjær中尉が指揮をとった。意見を求められたRiiser-Larsenは、ドイツの飛行機が着陸した可能性が高いと考えた。そして、すべてが崩れた。フィンランドの通信社は2月8日、現地の男たちは、あの場所から離陸できる飛行機はないと結論し、雪の上の跡は嵐の突風の仕業だとしたと伝えた。2月10日、Adresseavisenは捜索者の一人の電話での言葉を引いた。「高原の謎の飛行機は石だった！」。1989年にノルウェーのUFO会報に寄稿したPer Brøynは、その石の大きさを長さ6メートル、高さ4メートルとしている。オスロの国立公文書館（Riksarkivet）でノルウェー参謀本部のファイルを見たSvahnは、参謀本部もまたドイツを疑っていたと記している。

情報源: [Fremmed flyvemaskin styrtet ned på Fagerfjellet i Målselv（外国の飛行機械、モールセルヴのファーゲルフィエルに墜落）](<https://www.nb.no/items/4c4255e520da209ed8f8cc3b0a9e2f5e>) · [Der sendes nye ekspedisjoner idag（今日、新たな捜索隊を派遣）](<https://www.nb.no/items/4f53780588aa056fd3cf8e038af0ff8f>) · [En flyvemaskine av ukjent nasjonalitet（国籍不明の飛行機械）](<https://www.nb.no/items/616e7f499308828c6a3b67cc6ffda492>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 3: The Landings（1930年代の謎の飛行機 第3部：着陸）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/97.FSR_djvu.txt>) · [Kenraali Oeschin lausunto kummituslentäjistä · Fagerfjäll（幽霊飛行士についてのOesch将軍の声明 · ファーゲルフィエル）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1892682?page=1>) · [Spøkelsesflyene（幽霊機）](<https://www.skeptica.dk/?p=576>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>)

### 帳消し

2月半ばには報告は減りはじめていた。フィンランドの外相Antti Hackzellは2月14日、専門家たちはいまやこれらの話を、蜃気楼やオーロラのような音と光が引き起こした「空想の産物と目の錯覚」とみなしていると報道陣に語った。そうした現象は「この北の地方ではかなり多い」。3月9日、フィンランド参謀本部は調査を打ち切った。報告の大半は「まったく根拠がない」と判明し、いくつかは幽霊機が飛びまわっていた可能性を残したが、確証は得られなかった。もし飛行士たちがこの地域を動いていたのなら、「よほど腕がよく、よほど優れた機械を持っていたにちがいない」。当局は、すべては集団暗示に帰着すると考えていた。「参謀本部に関するかぎり、幽霊飛行士たちはこうして公式に葬られた」とHufvudstadsbladetは書いた。スウェーデンはそれより先に動いていた。3月3日、空軍は捜索隊を呼び戻し、ヘルシンキに伝えられた言葉によれば、「『幽霊飛行士などというものは一度もいなかった』という理由で、この問題を最終的に帳消しにした」。陸軍機24機が参加し、うち22機が陸上機、2機が水上機だった。ノールランドのあらゆる地域の上空が飛ばれ、飛行士たちは幽霊飛行士を見たと主張する人々と話をしたが、あとで質問された彼らは全員、「自分の見たものが間違いなく飛行機だったと完全な確信をもって言うことはできない、と言って話を終えた」。スウェーデンからの最後の寄与はいたずらだった。4月半ば、シェレフテオ上空の謎の光がスターヴァトレスク（Stavaträsk）に落ち、一人の男子生徒に拾われた。直径1メートルほどのゴム風船で、糸で電灯と電池がぶら下げてあった。

情報源: [Utrikesminister Hackzell: fantasiprodukter och synvillor（Hackzell外相：空想の産物と目の錯覚）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836440?page=3>) · [Spökflygarna ha fått en officiell begravning（幽霊飛行士たち、公式に葬られる）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836403?page=1>) · [Ruotsin ilmavoimat lopettaneet kummituslentäjän etsinnät（スウェーデン空軍、幽霊飛行士の捜索を終了）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1831122?page=8>) · [I Sverige ha spökflygarna avskrivits（スウェーデンでは幽霊飛行士は帳消しに）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836435?page=1>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>)

### 国家への侮辱

ノルウェーはそう簡単にはあきらめなかった。Johannessen将軍は3月9日、Aftenpostenに「報告には何かあるのかもしれない」と語った。彼の師団は3月の第1週になっても、ヴァランゲル、ポルサンゲル、ヴェステローレン、バルドゥ、ロフォーテン、モールセルヴの上空でエンジン音を記録しつづけていた。北部での約7週間を終えて帰途についたKjær中尉は、飛行機を見て、しかもエンジン音も聞いた目撃者のなかには、疑う理由のない人々もいると述べた。オスロの新聞Tidens Tegnは独自の無線傍受所を設け、「オデッサ」と「セヴァストポリ」という語を含む謎の信号をとらえたと主張した。4月30日、ノルウェーの参謀総長Ruge大佐は、冬のあいだの報告はまだ検討中だと述べた。第6師団の見解は、飛行は行われたように見えるが、誰によるものかは確定できない、というものだった。同じ日、ルレオで、Reuterswärdは自身の結論を公表した。それはその2日前、国防大臣宛ての17ページの秘密覚書に記されていたもので、1978年にこの文書を読んだLiljegrenによれば、ロシア人のしわざだという彼の確信を少しも隠していなかった。報告を比較検討した結果、と将軍は言った。「1月中、すなわち軍の対空監視が組織される前に、ボーデン要塞周辺の航空交通禁止区域を含む軍管区全域で、無許可の航空交通が大規模に観測されたことに疑いの余地はない」。監視態勢が整ってからもそれが続いたかどうかは、確実には確定できなかった。「この件を目の錯覚として片づけようとするのはばかげている」と彼は言った。「国家を侮辱するスウェーデン上空の飛行が行われたことは否定できない」。それを集団暗示と呼んだVirginは、ひと月もたたないうちに去った。5月4日、政府は6月1日付での彼の退役を認め（彼はその後アビシニア政府の顧問になった）、Torsten Friis大佐が空軍を引き継いだ。Waernbergの調べでは、無線傍受部隊は、ムルマンスク地域にたどれる奇妙な暗号通信をとらえていたが、飛行との関係はついに証明されなかった。幽霊飛行はスウェーデンの信号諜報の出発点になった、と彼は書いている。その秋、1930年国防委員会はボーデンで秘密の説明を受け（委員の一人だったLindbergは、そこで軍の幕僚の資料を見た）、1936年に空軍の強化を議決した。Liljegrenは、この決定の形成に幽霊飛行士が大きく与ったと考えている。1939年、スウェーデンは最北の航空団、ルレオのF 21の建設に着手した。その初期の司令官の一人が、エステルスンドから幽霊飛行士を追ったGösta von Poratだった。1946年に退役するまでに、彼はノルボッテン上空への正体不明の物体のもう一つの侵入、ゴーストロケットを見届けることになる。

情報源: [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [General Johannessen: det kan jo være noget i meldingene（Johannessen将軍：報告には何かあるのかもしれない）](<https://www.nb.no/items/37874868c04a02d893ef3927354c6fbf>) · [6. divisjon: motordur over Varanger, Porsanger, Vesterålen, Bardu, Lofoten og Målselv（第6師団：ヴァランゲル、ポルサンゲル、ヴェステローレン、バルドゥ、ロフォーテン、モールセルヴ上空でエンジン音）](<https://www.nb.no/items/2e0566766127739c2d03066f041d4b49>) · [Premierløitnant Kjær om undersøkelsene（Kjær中尉、調査について）](<https://www.nb.no/items/a55dd884c558a1b9c3b04092db66d1b1>) · [Spökflygarna verklighet, tror svensk general（幽霊飛行士は現実、とスウェーデンの将軍は考える）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836871?page=1>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Generalmajor Virgin beviljad avsked（Virgin少将、退役を認められる）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836842?page=5>) · [Eric Virgin (militär)（Eric Virgin（軍人））](<https://sv.wikipedia.org/wiki/Eric_Virgin_(milit%C3%A4r)>) · [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>)

### 2つの参謀本部、2つの判定

スウェーデン参謀本部は1年以上かけて資料を検討した。参謀総長Oscar Nygren少将は1935年7月8日付の書簡で調査結果を国防大臣に送り、省はその核心部分を新聞に公表した。「実施された調査の結果」と、そこには書かれていた。「1933～1934年の冬に、国籍を特定できなかった航空機による飛行が、スカンジナビア北部の上空で、スウェーデン領とノルウェー領の双方の上で行われたことは確定したとみなさねばならない。飛行はきわめておそらく高高度で、主としてきわめて人口の希薄な地域の上空で行われた。方位を知るのに適したある種の場所でのみ、飛行士たちは、位置を確かめるため、あるいは何かほかの目的のために、人目を引くほど低い高度まで降りてきたように思われる」。飛行はある程度、規模の異なる周回飛行の性格をもっていた。いくつかの場合には複数の航空機が同時に異なる地域の上空を飛んでいた。そしていくつかの状況は、少なくとも時には、ノルウェー沿岸沖の船を基地にしていたことを示唆していた。国防大臣が1937年にリクスダーグで述べたところでは、スウェーデンの報告96件のうち、完全に信用できると判断されたのはわずか12件で、近隣諸国からの信頼できる報告を加えると46件だった。ノルウェーの第6師団も同じ結論に達した。1936年12月、その司令官Erichsen将軍は、謎の航空機の存在は「あらゆる疑いを超えている」と述べた。フィンランドは正反対の結論に至った。2度目の冬の報告のさなか、1937年1月4日にヘルシンキで開かれた記者会見で、参謀本部は1933年12月14日から1934年2月19日までの統計を示した。光の現象のうち、37件は星、惑星、自動車のライトなどで説明がつき、10件は説明がつかないが航空機ではなく、10件は曖昧すぎて判断できなかった。音のうち、16件は自然のもの、13件は陸軍自身の航空機、6件はスウェーデン陸軍機、11件は曖昧、3件はモーターレーサーによるもので、5件が説明のつかないまま残った。「観測された光の現象のうち、飛行機に由来するものは一つもない」と参謀本部は結論した。一方、音については、まだ絶対に確実な結論は引き出せなかった。気象研究所のイルマラ凧観測所のVilho Väisälä博士は、暈、雲の切れ間から反射する稲光、オーロラ、流れ星について講演し、金星をゾンデ気球だと思って見守っていたご婦人の話や、ゾンデ気球がツェッペリンに変わるのを見た人の話をした。そのツェッペリンは「船尾にドイツの国旗まで掲げていた」。本物の侵入者ならどう見えるかを試すため、フィンランド空軍はひそかに自軍の飛行機を幽霊飛行士の出た地域の上空に飛ばし、それを模倣させていた。「効果は圧倒的だった」と参謀本部は述べた。「飛行機はただちに観測され、その音は何分にもわたってはっきりと聞こえた」。それらは幽霊機よりはるかに見つけやすく、位置もつかみやすいことがわかった。幽霊飛行士のために隠されていたと伝えられたガソリンのドラム缶はサウナの水樽だとわかり、一組の航空機の跡は木材運搬用のそりがつけたものだった。

情報源: [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Norsk general erkänner spökflygets existens（ノルウェーの将軍、幽霊飛行の存在を認める）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211789?page=7>) · [Generalstabens undersökning av spökflyget（参謀本部による幽霊飛行の調査）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211828?page=8>) · [Spökflyget inför pressen（幽霊飛行、報道陣の前に）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1954265?page=1>) · [Kummituslentokoneita ei ole olemassa, osoittavat tutkimukset（幽霊飛行機は存在しない、と調査が示す）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1983425?page=5>) · [Kummituslentäjiin eivät viranomaisemme usko（わが当局は幽霊飛行士を信じない）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1128519?page=4>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Kummituslennot Lapissa ja muualla Suomessa 1933–1937（ラップランドとフィンランド各地の幽霊飛行 1933～1937年）](<https://kalevimikkonen27.blogspot.com/2026/03/kummituslennot-lapissa-muualla-suomessa.html>)

### 2度目の冬とLindbergの金星

フィンランドのこの判定は、新たなウェーブのさなかに下された。幽霊飛行士は1936～37年の冬、規模を小さくして戻ってきていた。ビュスケの2人の労働者は複葉の飛行機械を報告したが、地元の人々はそれをオジロワシだと突きとめた。ボーデンでは少佐、大尉、曹長、要塞警察官2人、警察官1人が光を見てエンジン音を聞き、Gunnerfeldt軍曹が空でそれを再現するために飛ばされた。1937年2月、Reuterswärdは大臣に、ここ数か月の外国の航空活動は「確定したとみなしてよい」と書き送り、2月12日にはAftonbladetに、スウェーデンの3分の1以上が空からの敵に対して無防備だと語り、「この件を目の錯覚として片づけようとするのはばかげている」と述べた。北部にサーチライトと聴音機が配備されたが、何も見つからず、報告はやんだ。1937年2月13日、ウメオのElof Lindbergはリクスダーグで立ち上がり、公平な調査を要求した。彼はOesch将軍の言葉を引いた。将軍は数日前、スウェーデンの新聞に、フィンランドの光は「星や自動車のヘッドライトなどだと判明し、音は自動車や船のエンジンから来ていた」と語っていた。いくつかの場合には電話線の音であり、はっきり特定された唯一の航空機は、誤って東部国境を数キロメートル越えて迷いこんだロシアの飛行士たちだったという。5月18日、Lindbergは大臣への答えとして、印刷された議事録の15ページの大半を埋める演説を行った。報告についての同時代で最も徹底した解剖である。「新聞の報道は天文学の研究への関心をかき立てた」と彼は言った。「そして各地で奇妙なものが発見された。金星がたまたま地平線の上にあり、大気の条件のせいで、このうえなく奇妙な光の感覚を生み出したのだ」。同僚議員であるヴィルヘルミーナのJacobsonは、100人のほかの人々とともに、多くの人が飛行機だと確信している光を見守っていたが、「何人かが家の上の階に上がって明かりを消したとき、ようやく、それが幽霊飛行士を演じている惑星だと気づいた」。彼はソシェレの売店主任と、ルッボトレスク（Lubboträsk）の鉄道員を取り上げた。鉄道員は曇った夜に低く飛ぶ2機の航空機を15分間追い、その灯火が雪に反射していたと説明していた（「金星も木星も知っている」とその男は記者たちに語った。「だが、あの夜は曇っていた」）。Lindbergはホルメーガッドの光を、キール発でドイツ国旗を掲げた酒の密輸船と結びつけた。この船は1933年12月28日、氷に閉じこめられたところをフィンランドの税関に拿捕され、船内にはまだ3000リットルが残っていたが、2万リットルと推定された積荷の大半はすでにスウェーデン側に陸揚げされていた。クリスマスの直後にはロングルーデン（Långroudden）で、この船にたどれる酒を持った男が逮捕されており、乗組員は3000リットルがテフテオー向けだったと語った。まさに数日後に謎の光が見られた場所である。フィンランドの判定からすれば、46件のうちのフィンランドの報告は抹消されねばならない、と彼は論じた。スウェーデンの96件のうち84件はすでに信用できないと判明していた。Lindbergは、「金星がその軌道を完了すること」、そして「当初は悲喜劇的だったが、いまやかくも情けないものになったこの一件」について客観的な調査が行われることを願って締めくくった。その唯一の現実は、密輸業者の偵察機だったと判明するかもしれない、と。大臣は新たな調査を断った。

情報源: [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Generalstabens undersökning av spökflyget（参謀本部による幽霊飛行の調査）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211828?page=8>)

### Keel、4つの箱、そして航空史家たち

幽霊飛行士はひと世代のあいだ眠っていた。1970年と1971年、John Keelは、Åke Franzénがスウェーデンの新聞4紙から手書きで写したものと、Lucius Farishが集めたアメリカの新聞の切り抜きをもとに、Flying Saucer Reviewに4回の連載を発表した。100件を超える報告を目録にまとめ、どの国もサーチライトを煌々とともして北極圏の吹雪のなかを計器だけで飛ぶような飛行機も技術も動機も持っていなかったのだから、「1934年の謎の飛行機ウェーブはありえないものだった」と論じたのである。1976年にKeelがスウェーデンを訪れたとき、国防省は彼に、1930年代の調査の記録は存在しないと請け合った。翌年、Anders Liljegrenがそれを見つけた。戦争文書館の係官は、上ノールランド軍司令部のファイルのなかに「Spökflygaren（幽霊飛行士）」と記された秘密文書の箱が4つあることを確認した。3つは1934年、1つは1937年の日付だった。1977年9月1日、国防大臣Eric Krönmarkは彼に閲覧の許可を与えた。1978年9月、彼は約1000枚のフォリオ判の文書と2日間を過ごした。4分の1は軍のお決まりの水増し書類、4分の3は警察と軍による事情聴取の記録で、多くは綿密で、地図と署名入りの宣誓供述書が付いていた。そこでは多くの目撃が解決されていた（「惑星と星。救急機か、誰か既知の飛行士を見たもの。いたずらの風船。自動車のヘッドライト。そしていくつかの捏造さえ」）が、「非常に多くの場合、答えは見つからなかった」。軍最高司令部は1979年11月に公表を許可した。それ以来、ヨーテボリの民俗学者Jan Wallは1000件を超える同時代の書かれた証言を集め、最良の12件にも実質的な証拠は欠けていると結論した。Waernbergは空軍の追跡を記録した。スウェーデンの航空史家たちは、10年にわたり学会誌の上で、飛行士たちはアレクサンドロフスクとカンダラクシャから飛んできたソ連の爆撃機だったのか、それとも無線航法と夜間写真撮影を試していたドイツ海軍の航空機だったのかを論じ合ってきた。ソ連説の側では、Ingemar Strandbergが、1934年の冬のある夜、6歳だった彼をボーデンで父親が窓辺に抱き上げ、2本の青白い排気炎を出す巨大な四発単葉機が轟音とともに家の上を過ぎるのを見せてくれたことを回想している。ノルウェーのファイルを調べたSvahnは、北ノルウェー沿岸沖の巡洋艦ライプツィヒから発進したHeinkel He 60水上機によるドイツのスパイ飛行に「大量の純然たる戦争精神病が加わったもの」という説に傾いている。Waernbergは、ドイツ側の証拠は1934年夏のもので「1年遅すぎる」と反論する。Liljegrenはソ連説に「4点満点中3点」を与えている。2007年には、フィンランドの歴史家Erkki Hautamäkiが、スウェーデン攻撃の予行演習をするソ連の爆撃機という説を加えた。Liljegrenが2001年に書いたとおり、ロシアの文書館でもドイツの文書館でも、幽霊飛行の作戦命令を見つけた者はまだいない。

情報源: [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 1（1930年代の謎の飛行機 第1部）](<https://archive.org/details/the-flying-saucer-review-ultimate-collection>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 2（1930年代の謎の飛行機 第2部）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/91.FSR_djvu.txt>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Ghost Fliers and Rockets: Study Projects（幽霊飛行士とロケット――研究プロジェクト）](<https://archive.org/details/AFU_1995_38>) · [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Ny teori om spökflygarna（幽霊飛行士についての新説）](<https://www.kuriren.nu/nyheter/boden/artikel/ny-teori-om-spokflygarna/r44ze68r>)

![1904年のカラーのノルボッテン県地図の一部。ボスニア湾の海岸がピテオからルレオ、ボーデンを経てカーリクス、ハパランダ、トーネ川まで描かれ、陰影をつけた丘、点在する湖、赤い教区境界線が見える。](<https://uap.fun/ghost-fliers-1934-map.jpg>)

参謀本部の40万分の1ノルボッテン県地図（1904年）に見る、1934年1月の報告の舞台。左下にボーデンとルレオ、海岸の中ほどにカーリクス、右にハパランダとトーネ川のフィンランド国境、下にはその冬凍りついたボスニア湾。Generalstabens Litografiska Anstalt、フランス国立図書館、パブリックドメイン、Wikimedia Commons経由。

[画像の出典](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Karta_%C3%B6fver_Norrbotens_l%C3%A4n,_utarbetad..._af_A.B._Bystr%C3%B6m..._-_btv1b530617756.jpg>)

## 証拠

### 残されているもの

スウェーデン軍事文書館には上ノールランド軍司令部の4つの箱が保管されている。警察の事情聴取記録、地図、宣誓供述書、命令書、そしてReuterswärdの覚書からなる、1000～1700ページほどの資料である。オスロのノルウェー国立公文書館（Riksarkivet）にはノルウェー参謀本部のファイルがあり、そのなかには1933年9月から1934年2月23日までの96件の観測を記したスウェーデンの秘密リストも含まれる。フィンランド参謀本部の統計は、1937年の記者会見で読み上げられた。1934年1月27日と2月2日、1937年2月13日と5月18日のリクスダーグ議事録は、引用された1935年7月8日の参謀本部の結論とともに、全文がオンラインで読める。その冬のノルウェーの新聞は、AftenpostenやDagbladetからトロムソのNordlys、ヘルゲランの週刊紙まで、ノルウェー国立図書館で検索でき、フィンランドのスウェーデン語新聞はフィンランド国立図書館で検索できる。後者はスウェーデンの通信社電を日ごとに載せており、VirginとVennerströmの声明や、3月の空軍による帳消しもそこにある。その冬のスウェーデンの新聞はオンラインでは自由に検索できず、主にそうした転載、KeelによるFranzénの写しの要約、Liljegrenの切り抜きファイル、Svahnの読解を通じて知られている。ノルシェーピングのArchives for UFO Researchは、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの文書資料を紙とマイクロフィルムで所蔵しており、1982年から2001年までのAFUのニュースレターはInternet Archiveで読める。

情報源: [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Generalstabens undersökning av spökflyget（参謀本部による幽霊飛行の調査）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211828?page=8>) · [I Sverige ha spökflygarna avskrivits（スウェーデンでは幽霊飛行士は帳消しに）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836435?page=1>)

### 細部はどう動いたか

始まりからして揺れている。最初の目撃は、ステンセーレの警察署長の説明では11月17日、森林監督官の説明では11月最後の週のフョソッケン、Keelの説明ではクリスマス・イブのカーリクス、スウェーデンの秘密リストでは1933年9月である。ストーレン島の飛行機は、ルレオ発の記事では12月2日、そのフィンランド語の転載のいくつかでは12月23日になっている。トルデンショル号の遭遇は、トロムソ発の電報では1月23日火曜日の翌晩、ノルウェーの年表では1月19日である。ホルメーガッドの光は、Svenska Pressenでは1月5日金曜日の晩8時半ごろ、Lindbergの再構成では1月6日の7時57分から8時2分。グロッスグルンデット上空での1時間にわたる旋回は、Keelでは8日の月曜日、Lindbergでは9日の火曜日である。1月7日のテールナの墜落は、スウェーデン側の説明では乗員をほとんど無傷で残し、ノルウェー側の説明ではパイロットを病院に送った。空軍が失った飛行機は、Keelでは2機、Svahnでは「数機」、Waernbergでは6機。Hanssonはリクスダーグで4機がボーデンに派遣されたと述べ、通信社は3機と伝えた。参謀本部の書簡は国防大臣の答弁では1935年7月8日付だが、Lindbergはそれを1936年7月とした。報告の件数は、Waernbergではスウェーデン96件、ノルウェー234件、フィンランド137件、最近のノルウェーの研究ではノルウェー207件、参謀本部自身の対象期間ではフィンランド112件で、「信用できる」46件はしばしば本物の航空機の数と誤読される。Reuterswärdの判定は、文書館には4月28日の秘密覚書として、新聞には4月30日の報道向け声明として残っているので、日付は、書き手がLiljegrenのように文書館から書いたか、Keelのように新聞から書いたかによって変わる。トルデンショル号の機械は、トロムソの電報の一つでは、ゴーグルをかけた男が1人乗った灰色のLatham風の飛行艇であり、もう一つでは、明かりのついた操縦室の窓がある薄い灰色の双発プロペラの複葉機である。パイロットは一方ではフード付きのウインドブレーカーを着ており、フィンランドの通信では明るい色の毛皮の帽子をかぶっている。ファーゲルフィエルは、ノルウェーとフィンランドの新聞では2月5日、Svahnでは2月6日である。Kjærの任命は、ノルウェーのある説明では1月23日、別の説明では1月26日。Keelはvon Poratを空軍のトップと呼んでいるが、彼が指揮していたのは第4航空団だった。フィンランドのツェッペリンは、もともとVäisälä博士の逸話で、見ている人の目の前でゾンデ気球がドイツの飛行船に変わったという話だった。Hufvudstadsbladetはそれを金星の話と混ぜ合わせ、双眼鏡を金星に向けていたイルマラの職員の女性が旗を掲げたツェッペリンを見たという話にし、Svahnはその版に従った。そしてソシェレの目撃者は、どの版でも同じ男、Hedlundという売店の従業員だが、Keelの情報源は彼を「評判のよい信頼できる男」とし、Lindbergはセンセーションを求める人物とした。

情報源: [Spökflygaren i Norrland（ノールランドの幽霊飛行士）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836245?page=8>) · [Mystiskt flygplan över Lapplandsfjällen（ラップランドの山々の上の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1719836?page=1>) · [Ett mystiskt flygplan över Kalixtrakten（カーリクス地方の上空の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836201?page=3>) · [Spökflygaren på väg mot Finland i fredags · Svenskt plan förolyckat（幽霊飛行士、金曜日にフィンランドへ向かう · スウェーデン機が事故）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924220?page=1>) · [Svensk militærfly havarert i Tärna（スウェーデン軍用機、テールナで大破）](<https://www.nb.no/items/d6501fd749662df4907de348174a3b6a>) · [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 1（1930年代の謎の飛行機 第1部）](<https://archive.org/details/the-flying-saucer-review-ultimate-collection>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 2（1930年代の謎の飛行機 第2部）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/91.FSR_djvu.txt>) · [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [Svar å interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O8.text>) · [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>) · [Spökflygarna verklighet, tror svensk general（幽霊飛行士は現実、とスウェーデンの将軍は考える）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836871?page=1>) · [Spøkelsesflyet holdt på å renne «Tordenskjold» i senk（幽霊機、「トルデンショル」号をあやうく沈めかける）](<https://www.nb.no/items/ecc412b0e7877f95e19df8b5d5f26a51>) · [Kenraali Oeschin lausunto kummituslentäjistä · Fagerfjäll（幽霊飛行士についてのOesch将軍の声明 · ファーゲルフィエル）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1892682?page=1>) · [Spøkelsesflyene（幽霊機）](<https://www.skeptica.dk/?p=576>) · [Olof Hedlund forteller om spøkelsesflyet over Sorsele（Olof Hedlund、ソシェレ上空の幽霊機を語る）](<https://www.nb.no/items/33ec11dfe69fc10ae90e8dcc41995d24>) · [Spökflyget inför pressen（幽霊飛行、報道陣の前に）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1954265?page=1>) · [Generalstabens undersökning av spökflyget（参謀本部による幽霊飛行の調査）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211828?page=8>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Kummituslentokoneet（幽霊飛行機）](<https://fi.wikipedia.org/wiki/Kummituslentokoneet>)

### 差し出された説明

大半は見まちがいで説明がつく。当時、現地の人々もそう言っていた。金星とシリウス、デーゲルベリェットの上の北斗七星、ドロニング・モード号の方位測定、Riiser-Larsenのランタンを持った2人の男の子、救急機、空軍自身の捜索機、自動車のヘッドライト、バス、鉄道の信号、風に鳴る電話線、ビュスケのオジロワシ、サウナの樽と木材運搬のそり。いたずらもいくつかある。レクサンドの歯科医の薄紙の爆弾、スターヴァトレスクの風船、Umebladetのうっかり生まれたロシア人。密輸業者は最初の説であり、いまも最も具体的な説である。Lindbergによるホルメーガッドの光と拿捕された密輸船およびその陸揚げ地点との結びつけ、そしてリュングヴェールの「密輸業者の巣」は、日付と場所に合う種類の説明だが、どちらも証明されてはいない。また、1934年1月にStockholms-Tidningenが30機の航空機を持つと紹介したアメリカの酒の密輸組織「ナイトホークス」のような規模の密輸業者の航空部隊は、スカンジナビアのどこにも存在しなかった。ソ連説の側には、スウェーデンの軍司令官、フィンランドの参謀総長（東部国境の事例について）、ムルマンスクの無線通信、Tidens Tegnの「オデッサ」、そしてボーデン上空の四発爆撃機についての6歳の子どもの記憶がある。1946年、ゴーストロケットの夏にも、Svensk Tidskriftはまだ、ロフォーテン沖の母船から活動するソ連の飛行艇を思い描いていた。だが文書は一つもない。ドイツ説の側には、ノルウェー参謀本部、ファーゲルフィエルでのRiiser-Larsenの推測、後年のカタパルト船と無線航法の試験、そして批判者が1年遅いと言う年代がある。Robert Bartholomewが枠組みとした集団的妄想説の側には、フィンランドの統計とフィンランドの模倣飛行がある。本物の飛行機は見られ、聞かれ、ただちにそれと認識された。幽霊飛行士は10件中9件で、光としてしか見られなかった。これらのどれによっても片づかないのは、スウェーデン参謀本部が認めた残余である。説明のつかなかったスウェーデンの報告十数件、方位を知るのに役立つ場所での標識のない機械による低空通過、誰かが造り誰も名乗り出なかったケミ沖の氷上の標識灯、そしてKeelとWaernbergがともに強調する点、すなわち幽霊飛行士は北極圏の冬の最悪の夜に、既知のあらゆる飛行機を地上に釘づけにする天候のなかを飛んでいたということである。

情報源: [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) · [Generalstabens undersökning av spökflyget（参謀本部による幽霊飛行の調査）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211828?page=8>) · [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) · [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) · [Little Green Men, Meowing Nuns and Head-Hunting Panics: A Study of Mass Psychogenic Illness and Social Delusion（小さな緑の男、ニャーと鳴く修道女、首狩りパニック――集団心因性疾患と社会的妄想の研究）](<https://archive.org/details/littlegreenmenme0000bart>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 1（1930年代の謎の飛行機 第1部）](<https://archive.org/details/the-flying-saucer-review-ultimate-collection>) · [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>) · [Mystisk fyrbåk av snö · Brinnande fallskärm över Siljan · Tullförvaltare Ström i Haparanda（雪の謎の標識灯 · シリヤン湖上の燃えるパラシュート · ハパランダの税関長Ström）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836387?page=1>) · [Passasjerene på «Dronning Maud» så spøkelsesfly（「ドロニング・モード」号の乗客、幽霊機を見る）](<https://www.nb.no/items/d705d044054bedc42aee3b783bf1dfde>) · [Riiser-Larsen om de mystiske fly（Riiser-Larsen、謎の飛行機について）](<https://www.nb.no/items/97a7677bfa627a7ebff0deaeb787a1a4>) · [Spökflygare（幽霊飛行士）](<https://www.svensktidskrift.se/spokflygare/>)

### 分類についての注記

このアーカイブは幽霊飛行士を集団目撃に分類する。3か国から3か月にわたって寄せられた数百件の報告で、警察、税関、3つの参謀本部によって記録され、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの軍がそろって動いた。近接遭遇の分類コードは付けない。報告が描いているのは遠くの航空機、光、エンジン音である。わずかな着陸の報告と唯一の搭乗者の報告は、いずれも単独の新聞記事に拠っており、最もよく裏づけられた着陸は石だったと判明した。この事例は、1946年のゴーストロケットからヘスダーレンの光へと続くスカンジナビアの系譜の起点に立ち、またJohn Keelがここから築き上げた「謎の飛行機」文献の起点に立っている。

情報源: [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) · [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 1（1930年代の謎の飛行機 第1部）](<https://archive.org/details/the-flying-saucer-review-ultimate-collection>) · [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>)

## 年表

- **1933年11月17日:** ステンセーレの地区警察署長によれば、この日、ステンセーレとソシェレの周辺で飛ぶ光が初めて目撃される。
- **1933年11月下旬:** 森林監督官Gunnar ÅgrenとフェルシェーネースのEriksson一家が、毎晩グヴェルテフィエレットに機械が着陸し、サーチライトをつけて旋回するのを見る。
- **1933年12月12日～14日:** Umebladetが記事を載せる。ボーデン救急機のGunnerfeldt軍曹が酒の密輸業者説を唱える。
- **1933年12月23日～24日:** 国の気象官が金星説を示す。クリスマス・イブ、探るような光線を放つ機械がボスニア湾からカーリクスの上空を通過する。
- **1933年12月28日～29日:** モーシェエンの警察署長が、リュングヴェールの密輸業者の巣への3回の訪問を報告する。ハットフィエルダールの保安官が山々の上に光を見る。
- **1933年12月31日:** Olof Hedlundが午前3時半、ソシェレ駅の上空に標識のない灰色の単葉機を見る。
- **1934年1月2日～3日:** von PoratがVirginに報告し、Virginは飛行機にちがいないと述べる。Riiser-Larsenがランタンを持った2人の男の子を回想する。
- **1934年1月5日～9日:** 強風のなか、赤と緑の光がホルメーガッド灯台のそばを通過し、7人が目撃する。9日には機械がグロッスグルンデットの上を1時間旋回する。
- **1934年1月7日:** 捜索機がテールナの氷上で転覆する。
- **1934年1月11日～12日:** Vennerströmが、秘密基地は見つからなかったという空軍の調査結果を公表する。Virginがヘルネーサンドでこの一件を集団暗示と呼ぶ。
- **1934年1月11日～14日:** 雪の塔に載せたランタンがケミ沖の氷上で昼夜燃えつづける。税関の監視艇エルネン号がヴィクナでの着水を追って座礁する。
- **1934年1月22日:** ボーデン守備隊の約30名が正午に高空の航空機を見る。要塞司令官はそれを伝聞と呼ぶ。
- **1934年1月23日:** フィンランド初の報告、午後6時15分にケミ沖で。その夜か数日前（説明は分かれる）、灰色の機械がマランゲンでトルデンショル号の甲板を照らす。
- **1934年1月26日～27日:** Reuterswärdが立入禁止区域上空の飛行は確定したと述べる。Lindmanが首相に質問書を出す。レクサンドの歯科医の焼夷弾がシリヤン湖に落ちる。
- **1934年1月30日:** Bristol Bulldog戦闘機にヴェステロースからボーデンへの派遣命令が出る。
- **1934年2月2日～3日:** Per Albin Hanssonがリクスダーグで、飛行は完全には確定していないと述べる。フィンランドがケミの飛行を再現し、光が一致することを確かめる。
- **1934年2月5日～10日:** モールセルヴのファーゲルフィエルに飛行機が着陸するのが目撃される。捜索隊は75メートルの跡を見つけ、次いで石を見つける。
- **1934年3月3日～9日:** スウェーデン空軍が、陸軍機24機が参加した捜索を終え、幽霊飛行士など一度もいなかったと言う。フィンランド参謀本部が飛行士たちを公式に葬る。
- **1934年4月28日～30日:** Reuterswärdの秘密覚書がロシア人を非難する。公の場では、彼はこの飛行を国家への侮辱と呼ぶ。
- **1934年5月4日:** Virginが6月1日付での退役を認められる。Torsten Friisが空軍を引き継ぐ。
- **1935年7月8日:** 参謀本部が、国籍不明の航空機による飛行がスカンジナビア北部の上空で行われたと結論する。
- **1937年1月4日:** フィンランド参謀本部が、光の現象のうち航空機だったものは一つもないと発表し、模倣飛行について説明する。
- **1937年5月18日:** 国防大臣Nilssonがリクスダーグに、報告96件、信用できるもの12件という数字を示す。Lindbergは金星で応じる。
- **1970年～71年:** John KeelがFlying Saucer ReviewにMystery Aeroplanes of the 1930sを発表する。
- **1977年9月1日:** 国防大臣KrönmarkがAnders Liljegrenに、Spökflygaren（幽霊飛行士）と記された4つの箱の閲覧を許す。

## 情報源とインタビュー

情報源は原語のままです。タイトルと説明は翻訳されています。

- [Mystiskt flygplan över Lapplandsfjällen（ラップランドの山々の上の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1719836?page=1>) — Åbo Underrättelser · 1933年12月14日、1ページ · フェルシェーネースの森林監督官Gunnar ÅgrenへのNya Dagligt Allehandaのインタビューを転載 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Er det Venus som leker spritsmugler?（金星が酒の密輸ごっこをしているのか？）](<https://www.nb.no/items/5dde959be6c2dbeefe3b66f59e99a2f0>) — Aftenposten、オスロ · 1933年12月23日 · 国の気象官B. Rolf博士、金星について · ノルウェー国立図書館
- [Ett mystiskt flygplan över Kalixtrakten（カーリクス地方の上空の謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836201?page=3>) — Hufvudstadsbladet、ヘルシンキ · 1933年12月27日、3ページ · スカーグスウッデン上空のクリスマス・イブの飛行とストーレン島の報告 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Luulajan tullinhoitaja syyttää merivartiostomme koneita aiheettomasti（ルレオの税関長、わが沿岸警備隊の機を根拠なく非難）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1831215?page=4>) — Helsingin Sanomat · 1933年12月28日、4ページ · ルレオ発で打電されたNorrbottens-Kurirenの過去の目撃：10月半ばのフィンランド国有機、11月7日のマローレン灯台、12月2日のストーレン島 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [En spennende flyvning（はらはらする飛行）](<https://www.nb.no/items/95f9dd1180209f4a09d0cd9aea8de368>) — Lofotposten、スヴォルヴェル · 1933年12月27日 · Norrländska Socialdemokratenに拠る、ボーデン救急機のクリスマス・イブの2回の飛行 · ノルウェー国立図書館
- [Spökflygaren i Norrland（ノールランドの幽霊飛行士）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836245?page=8>) — Hufvudstadsbladet · 1933年12月30日、8ページ · ステンセーレの地区警察署長LiedénへのVästerbottens-Kurirenのインタビューと、ヨエシェーンからハットフィエルダールの方へ向かうのが見えた光を伝える · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Det mystiske fly har besøkt Lyngvær（謎の飛行機がリュングヴェールを訪れた）](<https://www.nb.no/items/28ce39bf732a4fd5f01fbbfc5f443971>) — Nordlands framtid · 1933年12月29日 · モーシェエンの警察署長Ole Tobias Olsenとヴィークの保安官Jacobsen、ヘルゲランの古い密輸業者の巣について · ノルウェー国立図書館
- [Swedish Army Fliers Hunt Mystery Plane（スウェーデン陸軍の飛行士たちが謎の飛行機を追う）](<https://www.loc.gov/resource/sn84026749/1934-01-02/ed-1/?sp=5>) — The Washington Times · 1934年1月2日、5ページ · 米国議会図書館、Chronicling America
- [Olof Hedlund forteller om spøkelsesflyet over Sorsele（Olof Hedlund、ソシェレ上空の幽霊機を語る）](<https://www.nb.no/items/33ec11dfe69fc10ae90e8dcc41995d24>) — Dagbladet、オスロ · 1934年1月3日 · 売店従業員による駅上空の単葉機の証言と、それを疑った警察官 · ノルウェー国立図書館
- [Major von Porat rapporterer til general Virgin（von Porat少佐、Virgin将軍に報告）](<https://www.nb.no/items/72d9ddd559c54fc062a085748a0c2c58>) — Aftenposten · 1934年1月3日 · 第4航空団司令官の報告、テールナ～ステンセーレ～ソシェレの三角形、Virginの最初の声明 · ノルウェー国立図書館
- [Riiser-Larsen om de mystiske fly（Riiser-Larsen、謎の飛行機について）](<https://www.nb.no/items/97a7677bfa627a7ebff0deaeb787a1a4>) — Morgenbladet、オスロ · 1934年1月3日 · 極地飛行士が1915年のランタンを持った2人の男の子と惑星について語る · ノルウェー国立図書館
- [Frk. Gidsken Jakobsen om spøkelsesflyene（Gidsken Jakobsen嬢、幽霊機について）](<https://www.nb.no/items/e25f4bebe7eee4aedaca74f92ddaa11d>) — Helgeland · 1934年1月6日 · ノルウェーの女性飛行士が2機の大型Junkersについて語る · ノルウェー国立図書館
- [Spökflygaren på väg mot Finland i fredags · Svenskt plan förolyckat（幽霊飛行士、金曜日にフィンランドへ向かう · スウェーデン機が事故）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924220?page=1>) — Svenska Pressen、ヘルシンキ · 1934年1月8日、1ページ · ホルメン島灯台の目撃と、テールナでのスウェーデン陸軍機の墜落 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Spökflygaren · Gidsken Jakobsen och löjtnant Nissinen（幽霊飛行士 · Gidsken JakobsenとNissinen中尉）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836373?page=4>) — Hufvudstadsbladet · 1934年1月11日、4～5ページ · ナルヴィクから電話で語るGidsken Jakobsen、カタパルト付き母船を論じるVäinö Bremer大尉、Örnsköldsviks-Postenに語るVirgin将軍 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Svensk militærfly havarert i Tärna（スウェーデン軍用機、テールナで大破）](<https://www.nb.no/items/d6501fd749662df4907de348174a3b6a>) — Nordlands Avis · 1934年1月12日 · エステルスンドの捜索機3機のうち1機が氷上で大破、パイロットは入院 · ノルウェー国立図書館
- [Spökflygaren. Svenska flygvapnets rapport（幽霊飛行士。スウェーデン空軍の報告）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836368?page=5>) — Hufvudstadsbladet · 1934年1月12日、5ページ · 国防大臣Vennerström、1月10日の空軍の秘密報告について · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Den mystiske flyvemaskin gikk ned på sjøen ved Kvaløy（謎の飛行機械、クヴァーレイで海に降りる）](<https://www.nb.no/items/0f4db18a0d6fd0e8d45e86d0e69f615a>) — Morgenbladet · 1934年1月12日 · ヴィクナでの着水と税関の監視艇 · ノルウェー国立図書館
- [En sällsynt utbredd panikstämning och en massuggestion（並外れて広まったパニック気分と集団暗示）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836359?page=3>) — Hufvudstadsbladet · 1934年1月13日、3ページ · 1月12日のヘルネーサンドでのVirgin将軍の声明 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Spökflygarna höra icke hemma i Ryssland anser general Virgin（幽霊飛行士たちはロシアの者ではない、とVirgin将軍）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1887981?page=3>) — Österbottningen · 1934年1月13日、3ページ · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [De mystiska flygarna icke setts till i Finland（謎の飛行士たちはフィンランドでは目撃されず）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924186?page=1>) — Svenska Pressen · 1934年1月13日、1ページ · フィンランド参謀本部のA. J. Svensson中佐 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Passasjerene på «Dronning Maud» så spøkelsesfly（「ドロニング・モード」号の乗客、幽霊機を見る）](<https://www.nb.no/items/d705d044054bedc42aee3b783bf1dfde>) — Harstad Tidende · 1934年1月17日 · Brækhus船長が金星の方位を測る · ノルウェー国立図書館
- [Det svenske flyvevåben akter å slutte eftersøkningen（スウェーデン空軍、捜索打ち切りへ）](<https://www.nb.no/items/6df524575a60f164d9c8e5467032bc1f>) — Aftenposten · 1934年1月20日 · 2機が「確定したものとみなされている」が、捜索開始以来一度も見られていない · ノルウェー国立図書館
- [30 man i Boden se spökflyg（ボーデンで30名が幽霊機を見る）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1719759?page=1>) — Åbo Underrättelser · 1934年1月24日、1ページ · 1月22日の守備隊の目撃と要塞司令官の否定 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Salaperäinen lentokone Kemin edustalla（ケミ沖に謎の飛行機）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1831213?page=4>) — Helsingin Sanomat · 1934年1月24日、4ページ · 1月23日夕方のフィンランド初の報告 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Spökflygare ha alltså samtidigt setts i Kemi, Övertorneå och Turtola（したがって幽霊飛行士はケミ、エーヴェルトーネオ、トゥルトラで同時に目撃された）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836325?page=3>) — Hufvudstadsbladet · 1934年1月26日、3ページ · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Spökflygaren under militär observation（幽霊飛行士、軍の監視下に）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1924306?page=1>) — Svenska Pressen · 1934年1月26日、1ページ · Ilmoniemi大佐のケミ行き、Oesch将軍の国境警備隊への命令、ソ連公使Steinの否定 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Kenraalimajuri Reuterswärd: lennot kielletyllä alueella toteennäytetty（Reuterswärd少将：立入禁止区域での飛行は立証された）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1896590?page=3>) — Pohjolan Sanomat、ケミ · 1934年1月27日、3ページ · 上ノールランド軍司令官、ボーデン上空の飛行について · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Strålkastarljuset från spökflygaren på ett norskt fraktfartyg（幽霊飛行士のサーチライト、ノルウェーの貨物船を照らす）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836384?page=1>) — Hufvudstadsbladet · 1934年1月29日、1ページ · トロムソ発の電報によるトルデンショル号船長の証言 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O6.text>) — Arvid Lindman · 第二院議事録1934年第6号、第20節 · 1934年1月27日 · リクスダーグのオープンデータ（OCRテキスト）
- [Mystisk fyrbåk av snö · Brinnande fallskärm över Siljan · Tullförvaltare Ström i Haparanda（雪の謎の標識灯 · シリヤン湖上の燃えるパラシュート · ハパランダの税関長Ström）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836387?page=1>) — Hufvudstadsbladet · 1934年1月28日、1、7、9ページ · ルーミスカリの標識灯、レクサンドのいたずら、屋内でエンジン音を聞いた税関長 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [At det mystiske fly er annet enn syner må nu være hevet over enhver tvil（謎の飛行機が幻とは別のものであることは、いまやいかなる疑いも超えているにちがいない）](<https://www.nb.no/items/c6a3478b404a69de65cf2010c1e7c47e>) — Nordlys、トロムソ · 1934年1月31日 · トルデンショル号船長への再インタビューと、1月19日のロツンの目撃 · ノルウェー国立図書館
- [Spøkelsesflyet holdt på å renne «Tordenskjold» i senk（幽霊機、「トルデンショル」号をあやうく沈めかける）](<https://www.nb.no/items/ecc412b0e7877f95e19df8b5d5f26a51>) — Dunderlandsdølen · 1934年2月1日 · Sigvard OlsenとLars Olsenの証言と白い船を伝えるトロムソ発の電報 · ノルウェー国立図書館
- [Svar å interpellation angående mystiska flygningar över övre Norrland（上ノールランド上空の謎の飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DV9O8.text>) — Per Albin Hansson、Arvid Lindman、Karl Kilbom、Hilding Hagberg · 第二院議事録1934年第8号 · 1934年2月2日 · リクスダーグのオープンデータ（OCRテキスト）
- [Tass dementerer（Tass、否定する）](<https://www.nb.no/items/90f199e8cf5bd9a2b684f41fc6a759e4>) — Helgeland · 1934年2月3日 · ソ連の通信社、フィンランドの「挑発的」な報道について · ノルウェー国立図書館
- [Överste Ilmoniemi meddelar: spökflygningen över Kemi rekonstruerad（Ilmoniemi大佐発表：ケミ上空の幽霊飛行を再現）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836369?page=6>) — Hufvudstadsbladet · 1934年2月5日、6ページ · 2月3日のフィンランド空軍による再現 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Der sendes nye ekspedisjoner idag（今日、新たな捜索隊を派遣）](<https://www.nb.no/items/4f53780588aa056fd3cf8e038af0ff8f>) — Aftenposten、オスロ · 1934年2月7日 · Faye大佐、ファーゲルフィエルの捜索とモールスネスから見えた2つの灯火の飛行機について · ノルウェー国立図書館
- [En flyvemaskine av ukjent nasjonalitet（国籍不明の飛行機械）](<https://www.nb.no/items/616e7f499308828c6a3b67cc6ffda492>) — Nordlands Nytt · 1934年2月8日 · トロムソとオスロ発の通信：モールセルヴの4人の目撃者、フグレリの年配の中尉、Riiser-Larsen大尉の見解 · ノルウェー国立図書館
- [Fremmed flyvemaskin styrtet ned på Fagerfjellet i Målselv（外国の飛行機械、モールセルヴのファーゲルフィエルに墜落）](<https://www.nb.no/items/4c4255e520da209ed8f8cc3b0a9e2f5e>) — Helgeland · 1934年2月7日 · 保安官Valderhaug、フグレリのHans Jørgensen、Faye大佐、Johannessen将軍を伝えるトロムソ発の報道 · ノルウェー国立図書館
- [Kenraali Oeschin lausunto kummituslentäjistä · Fagerfjäll（幽霊飛行士についてのOesch将軍の声明 · ファーゲルフィエル）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1892682?page=1>) — Pohjois-Pohja、ケミ · 1934年2月10日、1ページ · 参謀総長、フィンランドの報告について、およびファーゲルフィエルの捜索についてのフィンランドの通信 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Utrikesminister Hackzell: fantasiprodukter och synvillor（Hackzell外相：空想の産物と目の錯覚）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836440?page=3>) — Hufvudstadsbladet · 1934年2月15日、3ページ · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Ruotsin ilmavoimat lopettaneet kummituslentäjän etsinnät（スウェーデン空軍、幽霊飛行士の捜索を終了）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1831122?page=8>) — Helsingin Sanomat · 1934年3月4日、8ページ · 陸軍機24機、完全に否定的な結果、もはや確信をもてなくなった目撃者たち · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [I Sverige ha spökflygarna avskrivits（スウェーデンでは幽霊飛行士は帳消しに）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836435?page=1>) — Hufvudstadsbladet · 1934年3月8日、1ページ · 「幽霊飛行士などというものは一度もいなかった」 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [General Johannessen: det kan jo være noget i meldingene（Johannessen将軍：報告には何かあるのかもしれない）](<https://www.nb.no/items/37874868c04a02d893ef3927354c6fbf>) — Aftenposten · 1934年3月9日 · ノルウェー国立図書館
- [Spökflygarna ha fått en officiell begravning（幽霊飛行士たち、公式に葬られる）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836403?page=1>) — Hufvudstadsbladet · 1934年3月10日、1ページ · フィンランド参謀本部が調査を打ち切る · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Premierløitnant Kjær om undersøkelsene（Kjær中尉、調査について）](<https://www.nb.no/items/a55dd884c558a1b9c3b04092db66d1b1>) — Andøya avis · 1934年3月13日 · ノルウェー国立図書館
- [6. divisjon: motordur over Varanger, Porsanger, Vesterålen, Bardu, Lofoten og Målselv（第6師団：ヴァランゲル、ポルサンゲル、ヴェステローレン、バルドゥ、ロフォーテン、モールセルヴ上空でエンジン音）](<https://www.nb.no/items/2e0566766127739c2d03066f041d4b49>) — Harstad Tidende · 1934年3月14日 · ノルウェー国立図書館
- [Spökflygarna verklighet, tror svensk general（幽霊飛行士は現実、とスウェーデンの将軍は考える）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836871?page=1>) — Hufvudstadsbladet · 1934年5月1日、1、7ページ · 4月30日のReuterswärd将軍の公式結論と、なお作業中のノルウェー参謀総長Ruge · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Generalmajor Virgin beviljad avsked（Virgin少将、退役を認められる）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1836842?page=5>) — Hufvudstadsbladet · 1934年5月5日、5ページ · Virginは6月1日に空軍を去り、Torsten Friisが後を継ぐ · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Norsk general erkänner spökflygets existens（ノルウェーの将軍、幽霊飛行の存在を認める）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211789?page=7>) — Hufvudstadsbladet · 1936年12月13日、7ページ · 第6師団のErichsen将軍 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Generalstabens undersökning av spökflyget（参謀本部による幽霊飛行の調査）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/2211828?page=8>) — Hufvudstadsbladet · 1937年1月5日、3、8ページ · 1937年1月4日のフィンランド参謀本部記者会見。1933年12月14日から1934年2月19日までの統計と模倣飛行 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Spökflyget inför pressen（幽霊飛行、報道陣の前に）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1954265?page=1>) — Åbo Underrättelser · 1937年1月5日、1ページ · 暈、稲光の輝き、オーロラ、流れ星についてのVäisälä博士の講演と、金星をゾンデ気球と思って見守ったご婦人 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Kummituslentokoneita ei ole olemassa, osoittavat tutkimukset（幽霊飛行機は存在しない、と調査が示す）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1983425?page=5>) — Helsingin Sanomat · 1937年1月5日、5ページ · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Kummituslentäjiin eivät viranomaisemme usko（わが当局は幽霊飛行士を信じない）](<https://digi.kansalliskirjasto.fi/sanomalehti/binding/1128519?page=4>) — Maaseudun Tulevaisuus · 1937年1月5日、4ページ · サウナの水樽と木材運搬そりの跡 · フィンランド国立図書館デジタルコレクション
- [Interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書）](<https://www.riksdagen.se/sv/dokument-och-lagar/dokument/protokoll/1937-andra-kammaren-nr-10_dy9o10/html/>) — Elof Lindberg · 第二院議事録1937年第10号、第8節 · 1937年2月13日 · 参謀本部の調査結果とOesch将軍の言葉を引用 · リクスダーグ
- [Svar å interpellation angående vissa otillåtna flygningar i övre Norrland（上ノールランドにおける一部の無許可飛行に関する質問書への答弁）](<https://data.riksdagen.se/dokument/DY9O32.text>) — 国防大臣Janne NilssonとElof Lindberg · 第二院議事録1937年第32号 · 1937年5月18日 · 1933～34年の報告についてのLindbergによる一件ごとの検討付き · リクスダーグのオープンデータ（OCRテキスト）
- [Spökflygarens vinter（幽霊飛行士の冬）](<https://www.ufo.se/index.php/ufo-historia/1344-spokflygarens-vinter>) — Clas Svahn · UFO-Sverige · ボーデンのサーチライト班のSven Karlssonへの1989年のインタビューとノルウェーの文書資料付き
- [The Ghost Fliers of the 1930s — A Status Report (May 1982)（1930年代の幽霊飛行士――現状報告、1982年5月）](<https://archive.org/details/AFU_1982_24>) — Anders Liljegren · AFU Newsletter第24号 · Archives for UFO Research、ノルシェーピング · 1982年、6～8ページ · スウェーデン軍事文書館の秘密ファイル4箱について · Internet Archive
- [Ghost Flier Mystery Still Unresolved（幽霊飛行士の謎、いまだ解けず）](<https://archive.org/details/AFU_2001_41>) — Anders Liljegren · AFU Newsletter第41号 · 2001年9月、1～3ページ · Svensk Flyghistorisk Tidskriftに1992～2001年に掲載された、Jan Waernberg、Eric Hemtke、Owe Bergfeldt、Ingemar Strandberg、Lennart Andersson、Sven-Erik Ersbackenによる8本の論文を要約 · Internet Archive
- [Ghost Fliers and Rockets: Study Projects（幽霊飛行士とロケット――研究プロジェクト）](<https://archive.org/details/AFU_1995_38>) — AFU Newsletter第38号 · 1995年 · 1000件を超える同時代の証言を集めたJan Wallの収集について · Internet Archive
- [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 1（1930年代の謎の飛行機 第1部）](<https://archive.org/details/the-flying-saucer-review-ultimate-collection>) — John A. Keel · Flying Saucer Review第16巻第3号 · 1970年5～6月 · Åke Franzénによるスウェーデンの新聞の手書きの写しに拠る · Internet Archive（FSRコレクション、ファイル93）
- [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 2（1930年代の謎の飛行機 第2部）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/91.FSR_djvu.txt>) — John A. Keel · Flying Saucer Review第16巻第4号 · 1970年7～8月 · ソシェレ、テールナビー、ボーデンの報告と捜索 · Internet Archive（FSRコレクション、ファイル91）
- [Mystery Aeroplanes of the 1930s, Part 3: The Landings（1930年代の謎の飛行機 第3部：着陸）](<https://archive.org/download/the-flying-saucer-review-ultimate-collection/97.FSR_djvu.txt>) — John A. Keel · Flying Saucer Review第17巻第4号 · 1971年7～8月 · トルデンショル号の搭乗者報告とファーゲルフィエルの捜索 · Internet Archive（FSRコレクション、ファイル97）
- [Spøkelsesflyene（幽霊機）](<https://www.skeptica.dk/?p=576>) — Per Brøyn · NIVFO-bulletin 1989年、Skepticaによる再録 · 2004年7月1日 · Kjær中尉、トロムソの新聞、ファーゲルフィエルの石について
- [Charles Fort, the Fortean Society & Unidentified Flying Objects（Charles Fort、フォーティアン協会と未確認飛行物体）](<https://sohp.us/collections/ufos-a-history/pdf/GROSS-Charles-Fort-The-Fortean-Society-&-UFOs.pdf>) — Loren E. Gross · 1976年、46～48ページ · 1934年1月から1935年1月までのNew York Timesの報道 · Sign Historical GroupのPDF
- [Spökflygare（幽霊飛行士）](<https://www.svensktidskrift.se/spokflygare/>) — Svensk Tidskrift · 1946年 · ノルボッテンに送られた戦闘機分遣隊と、ロフォーテン沖のソ連飛行艇と母船という説を振り返る、ゴーストロケットについての論評
- [Ny teori om spökflygarna（幽霊飛行士についての新説）](<https://www.kuriren.nu/nyheter/boden/artikel/ny-teori-om-spokflygarna/r44ze68r>) — Lars-Henrik Andersson · Norrbottens-Kuriren · 2007年10月30日 · ソ連爆撃機の予行演習というフィンランドの歴史家Erkki Hautamäkiの説について
- [Kummituslennot Lapissa ja muualla Suomessa 1933–1937（ラップランドとフィンランド各地の幽霊飛行 1933～1937年）](<https://kalevimikkonen27.blogspot.com/2026/03/kummituslennot-lapissa-muualla-suomessa.html>) — Kalevi Mikkonen · ブログ · 2026年3月26日 · フィンランド参謀本部の112件、Siilasvuo大佐の監視網、1936年のヴェイツィルオトでの逮捕
- [Little Green Men, Meowing Nuns and Head-Hunting Panics: A Study of Mass Psychogenic Illness and Social Delusion（小さな緑の男、ニャーと鳴く修道女、首狩りパニック――集団心因性疾患と社会的妄想の研究）](<https://archive.org/details/littlegreenmenme0000bart>) — Robert E. Bartholomew · McFarland、2001年 · LiljegrenとSvahnに拠り、スウェーデンの幽霊飛行士を集団的妄想として扱う · Internet Archive（貸出図書館）
- [Kummituslentokoneet（幽霊飛行機）](<https://fi.wikipedia.org/wiki/Kummituslentokoneet>) — フィンランド語版Wikipedia · Atso HaapanenのKummituslennot: vakoilijoita vai ufoja?（2015年）に拠る、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンの報告件数付き
- [Eric Virgin (militär)（Eric Virgin（軍人））](<https://sv.wikipedia.org/wiki/Eric_Virgin_(milit%C3%A4r)>) — スウェーデン語版Wikipedia · スウェーデン空軍司令官、1931年2月26日～1934年6月30日
- [Pontus Reuterswärd](<https://sv.wikipedia.org/wiki/Pontus_Reutersw%C3%A4rd>) — スウェーデン語版Wikipedia · ボーデン要塞司令官1930～33年、少将、上ノールランド軍司令官1933～37年

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## 関連ファイル

- [シェルムイェルヴ湖のロケット](<https://uap.fun/ja/encounters/ghost-rockets-1946/>) — 12年後、同じ県、同じ軍、そして一部は同じ将校たちが、ゴーストロケットを追った。
- [ヘスダーレンの光](<https://uap.fun/ja/encounters/hessdalen-1981/>) — 冬の暗闇の光が当局と報道陣と群衆を引き寄せた、もう一つのスカンジナビアの谷。
- [ラインのfoo fighters](<https://uap.fun/ja/encounters/foo-fighters-1944/>) — 戦時に航空機から目撃された次の世代の謎の光。敵の兵器とも見まちがいとも説明された。
- [ベルギーUFOウェーブ](<https://uap.fun/ja/encounters/belgian-ufo-wave/>) — 空軍が未確認の航空機を追って戦闘機を緊急発進させ、国民が見たものをめぐって国じゅうが論争した、後年のヨーロッパのウェーブ。
- [John Keel](<https://uap.fun/ja/people/john-keel/>) — 1970年に幽霊飛行士を再発見し、謎の飛行機をUFO伝承の一部にした作家。

## 証拠についての注記

「未確認」とは入手できる情報の限界を表す言葉であり、由来を特定するものではない。

[次の事件ファイル: 10時方向の赤い光](<https://uap.fun/ja/encounters/manises-1979/>)
