# John E. Mack

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精神科医・著述家

公開: 2026年9月28日

ピュリツァー賞を受賞した伝記作家でハーバード大学の精神科医が、人間ではない存在に会ったという人々の話を聞き始めた。ジョン・マックの歩みは診察室からジンバブエの校庭へ、そして傾聴によって現実の何を確かめられるのかという論争へと続いた。

![ハーバード大学医学部の追悼文に掲載されたジョン・E・マックの肖像。](<https://uap.fun/people/john-e-mack.jpg>)

Harvard Gazette · Faculty of Medicine memorial

[写真の出典](<https://news.harvard.edu/gazette/story/2005/12/john-e-mack/>)

**知られる理由:** Abduction · アリエル学校 · ハーバード大学の調査

## おもちゃのトラックと床に座る精神科医

1929年生まれのマックは、UFO論争に関わる前から優れた業績を積んでいた。ケンブリッジ病院の精神科を設立し、T・E・ロレンスの伝記A Prince of Our Disorderでピュリツァー賞を受賞した。ハーバード大学の追悼文には、おもちゃのトラックを押す幼い男の子と一緒に座る部門長の姿が描かれる。彼は同僚を短く歓迎すると、すぐ子どもに注意を戻した。悪夢、核の危険、患者の内面は長年の関心事だった。後の研究も、こうした丁寧に耳を傾ける姿勢から生まれた。

情報源: [ジョン・E・マック：医学部の追悼文](<https://news.harvard.edu/gazette/story/2005/12/john-e-mack/>)

## バッド・ホプキンスが開いた思いがけない扉

マックは、異星人との遭遇を報告する人々を紹介してくれたのは、画家で誘拐体験の研究者でもあるバッド・ホプキンスだと述べている。1990年から、身体の麻痺、壁を通り抜ける移動、検査、奇妙な存在との遭遇を聞いた。本人は彼らを「体験者」と呼ぶことを好んだ。PBSの取材では、誠実そうな態度、苦痛、繰り返される細部に心を動かされたと語った。そして報告を、物理的・精神的な側面を持つ実在の謎と解釈するようになった。これはマックの評価であり、説得力のある臨床面接だけで外部の訪問者の存在が独立に立証されるわけではない。

情報源: [見えない世界からの使者](<https://johnemackinstitute.org/2002/09/messengers-from-the-unseen/>) · [ジョン・マックへのインタビュー](<https://www.pbs.org/wgbh/nova/aliens/johnmack.html>)

## Abductionとハーバード大学の調査

1994年にAbduction: Human Encounters with Aliensが刊行されると、マックは全国的な報道の渦中に置かれた。ハーバード大学医学部は研究を検討する委員会を設けた。後の本人の説明では、審理、弁護士、患者の宣誓供述書、基準をめぐる議論が15か月続いた。調査は学部長による臨床・研究水準を守るようにとの注意で終わり、異星人による誘拐が承認されたわけではない。マックはこれを限定的な世界観への挑戦と捉えた。批判者は、代替説明をどう検証し、研究と治療上の肯定をどう区別しているのかを問うた。

情報源: [見えない世界からの使者](<https://johnemackinstitute.org/2002/09/messengers-from-the-unseen/>) · [Kidnapped by UFOs?の文字起こし](<https://www.pbs.org/wgbh/nova/transcripts/2306tufos.html>)

## 校庭の向こうを見た子どもたち

1994年の後半、マックとドミニク・カリマノプロスは、現地調査員シンシア・ハインドの活動に続いてジンバブエのアリエル学校を訪ねた。カリマノプロスによれば、2日間で12人の子どもに聞き取りを行った。子どもたちは学校の近くに大きな目の存在がいたと語り、一部はその体験を環境破壊のイメージと結びつけた。ある少女は木が倒れ、人が死ぬことを語った。この面接によって校庭の目撃談は、人類の未来に関する物語へ広がった。ただし、一部の児童への後日の面接であり、当日一人ひとりが独立に報告した内容をそのまま残した記録ではない。

情報源: [アフリカとその他の地域の異星人遭遇を探る](<https://johnemackinstitute.org/1995/03/exploring-african-and-other-alien-encounters/>)

## 共感が証拠をめぐる論争になるとき

最も強い対立は手法をめぐるものだった。NOVAは催眠や暗示を取り上げ、異星人との接触なしに見かけ上の一致が生じる可能性を検討した。また、意図的に創作した誘拐話をマックに伝えたというドナ・バセットの証言も紹介した。マックは体験者に真摯に向き合う姿勢を擁護した一方、2002年の文章では、催眠によるリラックスは事実を確定するにはあまり役立たず、物理的証拠も単独では十分でないと認めた。その研究は難しい問いを残す。深く動揺させる体験を尊重しながら、その体験につけられた説明をどう検証すればよいのか。

情報源: [Kidnapped by UFOs?の文字起こし](<https://www.pbs.org/wgbh/nova/transcripts/2306tufos.html>) · [見えない世界からの使者](<https://johnemackinstitute.org/2002/09/messengers-from-the-unseen/>)

## 最も論争的な一章よりも大きな人生

遭遇談に対するマックの環境的な解釈は、人類全体の生存への以前からの関心につながっていた。1982年には核問題の心理学プログラム（Nuclear Psychology Program）の設立に関わり、国際紛争の心理的側面を研究した。2004年9月、ロレンスに関するシンポジウムに出席するため訪れていたロンドンで、車にはねられ亡くなった。その場所は彼の伝記をもう一つの主題へ戻す。非凡な人生や経験が、社会が自らについて語る物語をどう揺さぶるかに魅了された精神科医という主題である。

情報源: [ジョン・E・マック：医学部の追悼文](<https://news.harvard.edu/gazette/story/2005/12/john-e-mack/>) · [ジョン・マックへのインタビュー](<https://www.pbs.org/wgbh/nova/aliens/johnmack.html>)

## 情報源と参考文献

情報源は原語のままです。タイトルと説明は翻訳されています。

- [ジョン・E・マック：医学部の追悼文](<https://news.harvard.edu/gazette/story/2005/12/john-e-mack/>) — Harvard Gazette · 2005年
- [見えない世界からの使者](<https://johnemackinstitute.org/2002/09/messengers-from-the-unseen/>) — ジョン・E・マック · Oberlin Alumni Magazine、2002年 · ジョン・E・マック研究所による再掲載
- [ジョン・マックへのインタビュー](<https://www.pbs.org/wgbh/nova/aliens/johnmack.html>) — PBS NOVA · Kidnapped by UFOs?
- [アフリカとその他の地域の異星人遭遇を探る](<https://johnemackinstitute.org/1995/03/exploring-african-and-other-alien-encounters/>) — ドミニク・カリマノプロス · 調査参加者の報告、1995年
- [Kidnapped by UFOs?の文字起こし](<https://www.pbs.org/wgbh/nova/transcripts/2306tufos.html>) — PBS NOVA · 対立する証言と研究への批判

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