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プロジェクト・ブルーブックの内側

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# プロジェクト・ブルーブックの内側

[uap.funで見る](<https://uap.fun/ja/lore/project-blue-book/>)

フィールドノート 02 · アーカイブより

公開: 2026年9月17日

空の説明のつかない目撃を特定し、それが脅威となるかどうかを見極めようとしたアメリカ空軍の取り組み。

## 空軍は何を調査していたのか

プロジェクト・ブルーブックは、未確認飛行物体、すなわちUFOの報告を調査するための米空軍のプログラムだった。軍と民間のパイロット、気象観測員、そのほか一般の人々が、正体を特定できない空の光や物体を報告していた。調査官たちは、航空機、気球、惑星、気象現象といった説明の可能性を検討しながら、人々が何を見たのかを確定しようとした。空軍は米国の領空防衛を担っていたため、これらの目撃のいずれかが安全保障上の脅威となるかどうかを知りたかったのである。第二の公式目標は、報告が新たな科学的知見や先進技術を明らかにするかどうかを見極めることだった。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック:目的と調査手続き](<https://www.esd.whs.mil/Portals/54/Documents/FOID/Reading%20Room/UFOsandUAPs/proj_b1.pdf?ver=2017-05-22-113513-837>)

![1966年のプロジェクト・ブルーブックの冊子が開かれ、その脇にプログラムの目的と結論を記したページが置かれている。](<https://uap.fun/project-blue-book-report-1966.jpg>)

プログラムの目的と手続きを概説した1966年2月のプロジェクト・ブルーブック報告書の原本。Steve Jurvetson撮影、Wikimedia Commons経由。サイズを変更しJPEGに変換した。

[画像の出典](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Project_Blue_Book.png>)

[CC BY 2.0](<https://creativecommons.org/licenses/by/2.0/>)

## プロジェクト・サインからプロジェクト・ブルーブックへ

調査はブルーブックという名が付く前から始まっていた。1947年のUFO報告の波を受けて、空軍は同年12月にプロジェクト・サインを設置した。1949年にはプロジェクト・グラッジがこれに続き、1952年3月にプログラムはプロジェクト・ブルーブックとなった。オハイオ州のWright-Patterson空軍基地を拠点として、ブルーブックは1969年まで続いた。しばしば引用される12,618件という報告総数は、初期のプログラムを含む1947年から1969年までの取り組み全体を対象としたものである。

情報源: [プロジェクト・ブルーブックから50年、UFOへの関心は今も続く](<https://www.archives.gov/news/articles/project-blue-book-50th-anniversary>)

## 目撃はいかにして事案となったか

調査はふつう、目撃者からの報告から始まった。空軍の質問票は、目撃がいつどこで起きたか、物体はどのような見た目で、どのように動いたかを尋ねた。1966年に記述された手続きでは、最寄りの空軍基地が初期調査を担当し、必要に応じてその所見をWright-Pattersonのブルーブック担当職員に送ってさらなる分析を求めた。こうしてできあがる事件ファイルには、書簡、写真、新聞の切り抜き、技術的評価が含まれることがあった。要約シートには目撃の内容と空軍の結論が記録された。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック:目的と調査手続き](<https://www.esd.whs.mil/Portals/54/Documents/FOID/Reading%20Room/UFOsandUAPs/proj_b1.pdf?ver=2017-05-22-113513-837>) · [プロジェクト・ブルーブックから50年、UFOへの関心は今も続く](<https://www.archives.gov/news/articles/project-blue-book-50th-anniversary>)

## 事案の三つの分類

空軍の1966年の手引きは三つの結果を区別していた。「確認済み」の報告には、説明を裏付けるに足る証拠があった。「データ不足」は、目撃の時刻、場所、継続時間といった不可欠な詳細が欠けていることを意味した。「未確認」は、報告には評価に必要な情報が含まれているように見えるものの、調査官が物体やその挙動を既知の原因に結びつけられなかったことを意味した。したがって、基本情報を欠く事案と、評価を経てなお説明のつかない事案とは別物だった。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック:三つの分類の定義](<https://www.esd.whs.mil/Portals/54/Documents/FOID/Reading%20Room/UFOsandUAPs/proj_b1.pdf?ver=2017-05-22-113513-837>)

## 1952年の報告の波

ブルーブックの最初の年には、報告の急増と全国的な注目があった。1952年7月、ワシントンD.C.近郊で説明のつかないレーダー反応が相次ぎ、空軍はジェット機を派遣して調査に当たらせた。この出来事は新聞の見出しを飾り、空軍はレーダーの反射に対する説明として異常な大気の状態を示唆した。下のグラフは6月から9月までの日ごとのUFO報告数を追ったもので、7月下旬に43件のピークに達している。注記はワシントンの出来事、雑誌報道、空軍の記者会見を示している。グラフが数えているのは報告の件数であり、個々の事案が後にどう説明されたかは問わない。

情報源: [UFO研究におけるCIAの役割、1947〜90年](<https://www.cia.gov/resources/csi/static/cia-role-study-UFOs.pdf>) · [プロジェクト・ブルーブック状況報告第8号 付録I](<https://catalog.archives.gov/id/595542>)

![1952年6月から9月までの日ごとのUFO報告件数を示す空軍のグラフ。最も高いピークは広く報道されたワシントンD.C.の出来事の前後にある。](<https://uap.fun/project-blue-book-1952-frequency.png>)

プロジェクト・ブルーブック状況報告第8号による、1952年6月から9月までの日ごとのUFO報告。米空軍。アメリカ合衆国ではパブリックドメイン。

[画像の出典](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:1952_UFO_Flap_-_Air_Force_frequency_graph_of_UFO_reports.png>)

## 数千件の報告にパターンを探る

調査官たちはまた、報告を一つの集合として捉え、そこから学ぼうとした。1955年5月5日付の特別報告第14号は、Battelle Memorial Instituteの作業をもとに3,201件の報告を分析した。研究者たちは形状、色、速度、明るさ、物体が見えていた時間の長さといった特徴を記録した。次いで、確認済みの群と未確認の群を統計的に比較した。これは、統制された実験ではなく目撃者の報告を用いて、多数の観察にまたがるパターンを見いだそうとする試みだった。著者たちは、一部の事案が不明のまま残るとはいえ、報告が当時の知識を超える技術を示している可能性は低いと結論づけた。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック特別報告第14号](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Project_Blue_Book,_BBA-PBSR14-300.pdf>)

## 空軍の結論

空軍の最終的な立場は、調査の根拠となっていた問いに答えるものだった。空軍は、検討したUFO目撃が国家安全保障上の脅威をもたらしたという証拠はないと報告した。また、未確認の事案は当時の科学的知識を超える技術を示したことも、地球外の乗り物の証拠を提供したこともないと述べた。これらはプログラム全体としての結論であり、あらゆる目撃に説明がついたという意味ではなかった。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック:記録と結論](<https://www.archives.gov/research/military/air-force/ufos>)

## 未確認のまま残された701件の報告

空軍の最終集計12,618件のうち、701件——約5.6パーセント——が未確認のまま残った。これらは「データ不足」に分類されたものとは別に、「未確認」の区分に残された事案である。この集計は未解決の報告を記述するものであり、そのすべてに当てはまる単一の説明を示すものではない。ファイルを一件ずつ読めば、目撃者が何を報告し、どの説明が検討され、なぜ調査官が観察されたものを特定できなかったのかを研究者が検証できる。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック:記録と結論](<https://www.archives.gov/research/military/air-force/ufos>)

## プログラムが終わった理由

空軍は物理学者Edward Condonの指揮のもと、コロラド大学に別途の科学的研究を委託した。その成果であるCondon報告書は、それまでのUFO研究は科学的知識に何も付け加えていないと結論づけた。空軍はブルーブックの終了を決定するにあたり、この研究、全米科学アカデミーによるその審査、それ以前の研究、そして自らの調査経験を根拠として挙げた。終了は1969年12月17日に発表され、活動は1970年1月に停止した。

情報源: [Condon報告書は何を述べたか](<https://www.colorado.edu/today/2021/06/09/cu-site-one-last-government-commissioned-reports-ufos-what-does-it-say>) · [プロジェクト・ブルーブック:記録と結論](<https://www.archives.gov/research/military/air-force/ufos>) · [プロジェクト・ブルーブックから50年、UFOへの関心は今も続く](<https://www.archives.gov/news/articles/project-blue-book-50th-anniversary>)

## 記録をどこで調べるか

空軍は1975年に記録を国立公文書館へ移管した。個人情報が黒塗りされたのち、コレクションは1976年に一般の研究向けに公開された。紙の記録は94巻のマイクロフィルムに複製され、フィルム、音声記録、一部の写真は別のコレクションに所蔵されている。特定の目撃を調べるには、その日付と場所から始めるとよい。この二つが公文書館の事案索引に使われている情報だからである。ファイルに収められた目撃者の証言、裏付け資料、要約シートによって、元の報告と空軍の評価を比較することができる。

情報源: [プロジェクト・ブルーブック:記録、索引、研究アクセス](<https://www.archives.gov/research/military/air-force/ufos>) · [プロジェクト・ブルーブックから50年、UFOへの関心は今も続く](<https://www.archives.gov/news/articles/project-blue-book-50th-anniversary>)

## 情報源とメディア

情報源は原語のままです。タイトルと説明は翻訳されています。

- [プロジェクト・ブルーブック:記録と結論](<https://www.archives.gov/research/military/air-force/ufos>) — 米国国立公文書館 · プログラムの記録と空軍のファクトシート
- [プロジェクト・ブルーブック:目的と調査手続き](<https://www.esd.whs.mil/Portals/54/Documents/FOID/Reading%20Room/UFOsandUAPs/proj_b1.pdf?ver=2017-05-22-113513-837>) — 米空軍 · 1966年2月1日 · PDF
- [プロジェクト・ブルーブックから50年、UFOへの関心は今も続く](<https://www.archives.gov/news/articles/project-blue-book-50th-anniversary>) — 米国国立公文書館 · プログラムの歴史 · 2019年12月5日
- [プロジェクト・ブルーブックの記録](<https://www.archives.gov/research/guide-fed-records/groups/341.html#341.15>) — 米国国立公文書館 · Record Group 341
- [プロジェクト・ブルーブック特別報告第14号](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Project_Blue_Book,_BBA-PBSR14-300.pdf>) — 米空軍とBattelle Memorial Institute · 1955年5月5日
- [UFO研究におけるCIAの役割、1947〜90年](<https://www.cia.gov/resources/csi/static/cia-role-study-UFOs.pdf>) — Gerald K. Haines · CIA『Studies in Intelligence』誌 · PDF
- [Condon報告書とブルーブックの終焉](<https://www.colorado.edu/today/2021/06/09/cu-site-one-last-government-commissioned-reports-ufos-what-does-it-say>) — University of Colorado Boulder · 2021年6月9日
- [プロジェクト・ブルーブック報告書、1966年2月](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Project_Blue_Book.png>) — Steve Jurvetson · Wikimedia Commons · CC BY 2.0ライセンス
- [1952年のUFO報告頻度グラフ](<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:1952_UFO_Flap_-_Air_Force_frequency_graph_of_UFO_reports.png>) — 米空軍 · Wikimedia Commons · パブリックドメイン

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