伝説を集める島
トリンダデ島は死火山の頂だ。赤と黒の岩とヤギと風からなるおよそ10平方キロの島が、エスピリトサント州の東およそ1100キロの南大西洋から突き出している。ポルトガルの航海者たちは1500年代初めにこの島を目にした。1700年にはEdmund Halleyが上陸し、イングランドの領有を宣言した。島の伝説は財宝だった。1889年、イギリスの冒険家E. F. Knightは、それぞれ100ポンドを払って分け前を買った8人の紳士冒険家仲間と、4人の雇われ水夫とともに、Alerteという小さなヨール船で島へ向かった。狙いは、1821年に海賊たちが「シュガーローフ」の下に埋めたといわれる、リマの教会の銀器だった。彼らは何か月も掘り続けたが何も見つからず、Knightがこの顛末を書いた本は古典となった。1893年にはアメリカの冒険家James Harden-Hickeyが、島の英語名をとってトリニダード公ジェームズ1世を名乗り、切手と旗までつくった。イギリスは1895年、電信ケーブルの中継局のためにこの島を占領したが、やがてブラジルに明け渡し、ブラジルは1897年1月にそこへ主権標を建てた。1950年代には、鳥とカニと野生のヤギのほかには何もいない島になっていた。

情報源: Trindade and Martim Vaz(トリンダデ・マルティンヴァス諸島)The Cruise of the “Alerte”: The Narrative of a Search for Treasure on the Desert Island of Trinidad(アラート号の航海――無人島トリニダードでの宝探しの物語)
ステンレス鋼のようなもの
1957年、島には数十年ぶりに常駐の守備隊が置かれた。1957年から58年にかけての世界的な科学キャンペーン、国際地球観測年のために、ブラジル海軍はこの島に海洋・気象観測所Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade(トリンダデ島海洋観測所)を設け、士官、水兵、契約作業員の班を交代で送り込んだ。44人からなる2番目の守備隊を1957年11月1日から率いたのは海軍少佐Carlos Alberto Ferreira Bacellarで、彼はほぼ毎日、島の空へラジオゾンデの気球を放っていた。現在は海軍文書館でオンライン公開されている機密の任務終了報告書に、彼はその後の出来事を記録している。12月31日の午前8時近く、観測所の医師、水兵1人、作業員5人が、「um elipsóide de revolução bem achatado, cor de aço inoxidável」(ひどく平たい回転楕円体で、ステンレス鋼の色をしたもの)の形をした物体を、高度およそ1600メートルに見た。それは目もくらむ速さで、「sem fazer qualquer ruído」(何の音も立てずに)動いていた。作業員の1人は、12月5日にもそれを見たが、まともに取り合ってもらえなかったと言った。Bacellarはリオの海軍参謀本部へ暗号無線を送った。元日にはおよそ20人がふたたびそれを見た。一緒に見ていたBacellarはカモメだと考え、報告しなかった。1月8日、ラジオゾンデの気球が高度1万4000メートルで見失われたあと、セオドライトは「branco e da forma de lua nova」(白く、三日月の形をした)物体をとらえた。書面の報告では、彼はそれを気球そのものだろうと推測した。ところがリオでの調査では、3時間半にわたって見えていた明るい半月形のものだったと述べ、説明はつかないとした。
情報源: Relatório de fim de comissão: Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade, 1º de novembro de 1957 a 16 de janeiro de 1958(任務終了報告書――トリンダデ島海洋観測所、1957年11月1日~1958年1月16日)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)
練習船に乗った素潜り漁師たち
1958年1月8日、海軍の4本マストの練習船Almirante Saldanhaが、守備隊の交代のためにリオを出て島へ向かった。客として乗っていたのは、リオから湾を挟んだ対岸にあるニテロイの海辺の地区イカライのスピアフィッシング・クラブ、Clube de Caça Submarina de Icaraíの会員たちだった。会長のAmilar Vieira Filhoは貿易関係の役人で、南米スピアフィッシング王者。José Teobaldo Viegasは退役した空軍大尉で、ニテロイの飛行クラブで教えていた。ほかに会員が2人。そしてAlmiro Baraúna。バイーア生まれの元陸軍軍曹で、年は40歳ほど、ブラジルの水中写真の草分けの一人であり、防水カメラハウジングを自作していた。何年も後に彼が語ったところでは、来たのは「pra fazer fotografia submarina, e não de disco voador」(水中写真を撮るためで、空飛ぶ円盤を撮るためではない)だった。海は荒れすぎていて潜れなかった。Baraúnaは酔い止めの薬を飲み、船酔いと頭痛に苦しみながら甲板に寝そべっていた。あれが以前にも島の上空で見られていたと客たちが知ったのは、あとになってからだったと彼は言う。

情報源: The Trindade Island UFO photographs, Brazil, January 16, 1958(トリンダデ島のUFO写真、ブラジル、1958年1月16日)Caso Ilha da Trindade: entrevista com o fotógrafo Almiro Baraúna em 1976(トリンダデ島事件――1976年の写真家Almiro Baraúnaへのインタビュー)Caso Ilha da Trindade: o depoimento mais antigo de Almiro Baraúna(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの最も古い証言)Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号
混乱のなかの6コマ
1月16日の朝、船は島の沖に停泊し、帰路につく準備をしてランチを引き揚げていた。Bacellarは指揮を引き継ぎ終えて船室にいた。そのとき叫び声が上がった。1960年にリオの空飛ぶ円盤研究会に語った、Baraúnaの最も古い長い証言では、彼に呼びかけたのはViegasで、「Olhe, fotografe aquilo」(見ろ、あれを撮れ)と叫んだという。1958年2月に報道陣に語ったViegas自身の話では、最初に大きなカモメだと思ったものを指さしたのはVieira Filhoで、Viegasが「空飛ぶ円盤だ!」と叫んだ。船の歯科医Homero Ribeiro中尉が駆けつけ、ケーブルにつまずいて転びかけた。Baraúnaはアルミ製の水中ハウジングに入れたRolleiflex 2.8 Eを持ち、シャッター速度1/125秒、絞りf/8に合わせていた。長いレンズを付けたLeicaは下の船室にあった。ファインダーに物体をとらえるのに30秒を失った、と彼は言う。それから、物体が島の尾根の上を横切り、Crista do Galo(ニワトリのとさか)と呼ばれる岩山の近くでふたたび回り込んでくるところを撮った。周りの人々に引っ張られ押されて、6コマのうち2コマには岩と海しか写っていなかった。彼の目には、それは暗い灰色で、「緑がかった燐光を放つ蒸気が凝結したようなもの」に包まれ、その飛び方は「コウモリの飛び方のよう」だった。Viegasが見たのは「赤道部分を大きな環か台のようなものに取り巻かれた、平たい球」で、月より明るかった。Vieira Filhoは、最初は灰色の楕円形だったが、やがて「do tipo fluorescente」(蛍光のような)光を放ったと語った。たいていの証言によれば、それは30秒もしないうちに消えていた。

情報源: Caso Ilha da Trindade: o depoimento mais antigo de Almiro Baraúna(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの最も古い証言)The Trindade Island UFO photographs, Brazil, January 16, 1958(トリンダデ島のUFO写真、ブラジル、1958年1月16日)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Trindade Island, Brazil, 1958: the photographic case(トリンダデ島、ブラジル、1958年――写真事例)Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)
暗室の10分間
船室から上がってきたBacellarが目にしたのは、「várias pessôas um pouco excitadas」(少しばかり興奮した何人もの人々)で、Baraúnaはそのなかでもとりわけ興奮していた。フィルムはただちに船上で現像されることになった。報告書でBacellarは、Baraúnaを船の暗室まで連れていったが、「devido ao forte calor」(ひどい暑さのせいで)なかには入らず、作業にかかった10分間、外で待っていたと書いている。Bacellarによれば、出てきたBaraúnaはひどく動揺し、失敗したと思い込んでいた。Bacellarがフィルムを受け取ってよく見ると、「em três negativos e em posições diferentes」(3枚のネガに、それぞれ異なる位置で)、「uma extranha mancha」(奇妙な染み)があった。船にはプリントをつくる印画紙がなく、フィルムはBaraúnaの手元に残った。海軍の調査は、彼がTシャツと短パン姿で下りていったことを記し、APROは後に、彼には何かを隠す場所などなかったと論じた。あの1時間の細部は、その後もずっと揺れ続けることになる。5月には、Bacellar自身が雑誌O Cruzeiroに、Viegasが懐中電灯を持って暗室のなかにいたと語っていた。
情報源: Relatório de fim de comissão: Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade, 1º de novembro de 1957 a 16 de janeiro de 1958(任務終了報告書――トリンダデ島海洋観測所、1957年11月1日~1958年1月16日)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Caso da Ilha da Trindade(トリンダデ島事件)Documento raro sobre o Caso Trindade ressurge no exterior(トリンダデ事件の希少文書、海外で再び現れる)UAO Sightings at the Island of Trindade(トリンダデ島におけるUAO目撃)
大統領のためのプリント
リオに戻ったBacellarは1月27日、海軍参謀本部に一部始終を報告し、情報将校のJosé Geraldo Brandão少佐が調査を開始した。Baraúnaによれば、船が入港して2日後にBacellarがニテロイの彼のアパートを訪れ、Baraúna自身が海軍の用意した印画紙で引き伸ばしを焼いた。彼の数えでは38枚だった。ネガは確認のため、Cruzeiro do Sul社の航空測量部門に4日間預けられた。機密のメモは、着陸の痕跡を探すためのヘリコプターによる島の捜索、カメラを常に装填しておくこと、そして新たな目撃の際にはレーダー、羅針儀、照明、エンジンに注意を払うことを勧告していた。プリントの写しはほかの軍にも渡り、伝令将校の手でJuscelino Kubitschek大統領のもとにも届けられた。アメリカ海軍武官は、Kubitschekが確信したという報道を本国に伝えている。Baraúnaの話では、2月15日、Bacellarは彼に公表してもよいと告げた。そこでリオはカーニバルのために動きを止めた。

情報源: The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号The Trindade Island UFO photographs, Brazil, January 16, 1958(トリンダデ島のUFO写真、ブラジル、1958年1月16日)Project Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Caso Ilha da Trindade: um ardil publicitário ou uma sólida evidência dos UFOs?(トリンダデ島事件――宣伝の策略か、UFOの確かな証拠か)
大きな秘密
灰の水曜日の2日後、1958年2月21日、写真はリオの日刊紙Correio da Manhãの一面に、「Marinha de Guerra fotografou disco voador sobre Trindade」(海軍、トリンダデ上空の空飛ぶ円盤を撮影)という見出しとともに載った。O Jornalやほかの日刊紙にも載り、Última Horaの記者たちは午前3時にBaraúnaの家の戸をたたいていた。「14 segundos foi o tempo que tive」(私に与えられた時間は14秒だった)と彼は彼らに語った。プリントがどうやって外に出たのかは、いまも議論が続いている。1967年の供述書でBaraúnaは、大統領に渡すはずだった写しをCorreio da Manhãの記者が持ち去ったと述べ、晩年のインタビューでは、同紙の社主の妻Niomar Moniz Sodré Bittencourtが、Kubitschekその人から借り出したのだと語った。海軍は慎重な声明を出した。「na presença de grande número de elementos da guarnição」(乗組員の大勢がいる前で)撮影された写真の公表を妨げる理由は見当たらないが、写真は十分な証拠にならないため、物体については判断を示せない、というものだった。大統領に会ったあと、海軍大臣Antônio Alves Câmara提督は、海軍は大きな秘密を抱えているが、説明がつかないがゆえに明かすことはできないと語ったと、UP通信に報じられた。疑いも同じくらい早くやってきた。海軍水路部の地球物理学部門の長で、乗船していた最上位の科学者だったPaulo de Castro Moreira da Silva中佐は、ある新聞には物体が気象気球でも誘導ミサイルでもなかったと語っていたが、2月26日にはO Globoに、自分は何も見ていないと語った。何人が見たのかと問われると、彼は「umas oito」(8人ほど)と答えた。そのなかで士官は歯科医だけだった。Baraúnaの近くに立っていたJornal do Brasilのカメラマンは何も見なかった。3月1日には、島そのものにいた地質学者Fernando Flávio Marques de Almeidaが、守備隊の誰も円盤を見ておらず、このニュースはおそらくほかのどこよりも島で大きな驚きを呼んだと語った。
情報源: Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)Caso Ilha da Trindade: um ardil publicitário ou uma sólida evidência dos UFOs?(トリンダデ島事件――宣伝の策略か、UFOの確かな証拠か)Documento raro sobre o Caso Trindade ressurge no exterior(トリンダデ事件の希少文書、海外で再び現れる)Project Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)Trindade Island, Brazil, 1958: the photographic case(トリンダデ島、ブラジル、1958年――写真事例)Caso da Ilha da Trindade(トリンダデ島事件)Fotógrafo de Trindade admite truque em entrevista(トリンダデの写真家、インタビューでトリックを認める)UAO Sightings at the Island of Trindade(トリンダデ島におけるUAO目撃)
明白な理由により
2月27日、リオ選出の連邦下院議員Sérgio Magalhãesは、海軍のファイルを提出させるよう下院に求めた。空飛ぶ円盤の歴史上はじめて、軍の大勢の兵士がこの現象を目撃したのだ、と彼は指摘した。大臣は4月9日、機密の公文書Ofício 898(第898号公文)で回答し、調査の写しを添えた。調査が終わるまで秘密にしてきたのは、海軍の艦船上で起きたことを軽々しく公表するわけにはいかなかったからであり、「tratando-se de assunto controvertido, não deseja a Marinha a ele ligar-se, oficialmente, por motivos óbvios」(議論のある事柄であるため、海軍は明白な理由により、公式にこれと結びつけられることを望まない)と彼は書いた。1週間後、Correio da Manhãはそれでもリークを掲載した。「Inquérito da Marinha confirma existência do disco voador」(海軍の調査、空飛ぶ円盤の存在を確認)。調査報告そのものは、APROが1965年に掲載した翻訳で見るかぎり、もっと慎重だった。報告は3つの弱点を認めている。フィルムの現像時に複製がつくられなかったこと、船長がネガを管理しなかったこと、そしてプリントがすべてBaraúna自身の現像所でつくられたことだ。Cruzeiro do Sulの技術者たちは目撃後に合成された形跡を見つけなかったが、「事前に写真合成が行われたことも、行われなかったことも、証明することは不可能である」と報告は述べていた。奇妙なことに、同社の責任者は2月にO Globoに対し、自社はそのような作業を一切していないと語っていた。それでも報告は、証言と写真は「未確認空中物体の存在の兆候」を示していると結論づけた。
情報源: Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Caso Trindade: CBU recupera documento oficial de 1958(トリンダデ事件――CBU、1958年の公式文書を回収)Project Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)
火星人は快適好きな生き物
リオ駐在のアメリカ海軍武官M. Sunderland大佐は、3月11日にワシントンへ見解を送った。彼の報告によれば、Baraúnaには「写真のトリック撮影の長い経歴」があり、物体はぼやけていて、影を落とさず、2枚目の写真では上下が逆さに見えた。ブラジル海軍が何かを隠しているか、さもなければ「すべてはいかさま写真家が仕組んだ偽の宣伝工作で、ブラジル海軍がそれにひっかかった」のだ。彼は、やがてこの事件の一部となる冗談を付け加えた。不毛なトリンダデの上空に円盤が現れるとは考えにくい、「誰もが知るとおり、火星人はこのうえなく快適好きな生き物なのだから」。アメリカ空軍のUFO調査であるプロジェクト・ブルーブックは、この報告を根拠に事件を「おそらくいたずら」として分類したが、自らの記録カードでは写真の写しを一度も入手しなかったことを認めていた。ブルーブックの科学顧問を務めた天文学者J. Allen Hynekは後に、このような偏見と軽口は科学的調査にふさわしくないと書いている。
情報源: Project Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)Trindade Island, Brazil, 1958: the photographic case(トリンダデ島、ブラジル、1958年――写真事例)
わが家に空飛ぶ円盤が
Sunderlandはトリック撮影について当て推量を言ったわけではなかった。1954年11月10日、リオの雑誌Mundo Ilustradoは、Baraúnaの写真を使った2ページの特集を、「Um disco voador esteve em minha casa」(わが家に空飛ぶ円盤がやって来た)という表題と、「Como se faz uma aeronave marciana」(火星の航空機のつくり方)という副題で掲載していた。記事は、リオとニテロイを結ぶフェリー会社Frota Cariocaのトークン2枚を平らな面どうし合わせて縫い留め、その小さな円盤を暗い背景で撮影し、フィルムを巻き上げずに同じコマをイカライの浜辺でもう一度露光した手順を、一歩ずつ示していた。こうした写真は何の証拠にもなりえない、空飛ぶ円盤は家庭でも、フェリーのトークンでつくれるのだから、と記事は述べていた。Baraúnaは後に、あれは1952年にバーハ・ダ・チジュカで撮られたO Cruzeiroの有名な円盤写真への返答だったと語っている。トリンダデ以前にも、彼はTribuna da Imprensaに、エスピリトサント州沖の島で見つかったという海賊の財宝の写真を4回連載で売っていた。実際にはニテロイの海岸で、宝箱と医学校から借りた頭蓋骨を使って演出したものだった。1958年2月、Baraúnaと同じニテロイの仲間うちのアマチュア写真家Joaquim Simõesは、彼を写真合成の名人、「capaz de fazer milagres dentro de um laboratório」(暗室のなかで奇跡を起こせる)男だと評した。Baraúnaは、写真は本物だと答え、「acima de tudo está o testemunho das pessoas que assistiram aos fatos」(何よりも、その出来事を目にした人々の証言がある)と言った。
情報源: Como forjar fotos OVNI, por Almiro Baraúna(UFO写真の偽造法、Almiro Baraúna著)Fotógrafo de Trindade admite truque em entrevista(トリンダデの写真家、インタビューでトリックを認める)Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)Project Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Caso Ilha da Trindade: o depoimento mais antigo de Almiro Baraúna(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの最も古い証言)
最高の記録、そして膨らむ話
民間のUFO団体は写真を真剣に受け止めた。アメリカの空中現象研究機構(APRO)の代表を務めていたリオの医師Olavo Fontesは、2月4日までにある海軍士官から目撃のことを聞き、1960年に事件を3回にわたって書いた。APROの写真分析担当John Hopfは、プリントをもとに分析し、それらを「間違いなく、私の手に渡ったなかで最高のUAO(未確認空中物体)の記録」と呼んだ。1964年、匿名の元海軍士官が参謀本部の書類をAPROに郵送し、1965年1月、APROは調査報告を英語で掲載した。ハーバードの天文学者で、懐疑派の筆頭だったDonald Menzelは、はじめは霧のなかの飛行機を示唆し、やがて、暗い背景で撮影した模型を二重露光した、ほぼ確実な捏造だとした。一方Baraúnaは40年にわたって話を語り続け、そのたびに話は膨らんだ。1960年には、物体は「como um risco de giz」(チョークの線のような)白い航跡を残したことになっていた。ウインチは動かなくなり、船の無線と羅針儀は故障し、ある士官が14フィートの映画フィルムを撮影し、レーダーは前日と、物体が現れる15分前にもそれをとらえ、50人ほどが見守り、50倍の引き伸ばしには2つの暗い点が写っていて、さらに大きく修整された引き伸ばしではそれが「escotilhas」(舷窓)になった。Correio da Manhãは1958年2月、誰かが撮影したことを否定しており、Baraúna自身もそのときÚltima Horaに、レーダーは何もとらえなかったと語っていた。1967年の供述書では、公表しない見返りにいくら欲しいかと海軍から打診されたと書いた。1983年、ブラジリアでの大会でHynekと同席した彼は、船の電力がすべて落ちたこと、海軍が彼の写真をロチェスターのコダックに送ったこと、そして甲板にいた新聞カメラマンが興奮のあまり失禁したことを語った。海軍のどの文書にもコダックは出てこない。1997年、UFO研究家Marco Antônio Petitのインタビューで、Baraúnaは財宝の連載について笑いながら「Foi um sucesso espetacular – e era truque」(大成功だった――そしてトリックだった)と語り、それはトリンダデとは何の関係もないと言い張った。彼は2000年7月29日に死去した。
情報源: UAO Sightings at the Island of Trindade(トリンダデ島におけるUAO目撃)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号The World of Flying Saucers(空飛ぶ円盤の世界)Trindade Island UFO Revisited(トリンダデ島のUFO再訪)Caso Ilha da Trindade: o depoimento mais antigo de Almiro Baraúna(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの最も古い証言)The Trindade Island UFO photographs, Brazil, January 16, 1958(トリンダデ島のUFO写真、ブラジル、1958年1月16日)Documento raro sobre o Caso Trindade ressurge no exterior(トリンダデ事件の希少文書、海外で再び現れる)Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Fotógrafo de Trindade admite truque em entrevista(トリンダデの写真家、インタビューでトリックを認める)Trindade Island, Brazil, 1958: the photographic case(トリンダデ島、ブラジル、1958年――写真事例)Caso Ilha da Trindade: um ardil publicitário ou uma sólida evidência dos UFOs?(トリンダデ島事件――宣伝の策略か、UFOの確かな証拠か)
2本のスプーン、フェリーのトークン、そして未亡人のネガ
彼の死から10年後の2010年8月15日、TV GloboのFantásticoは、広告業に携わるEmília Bittencourtを番組に登場させた。およそ18年前、サクアレマのBaraúnaを訪ねたとき、彼はその手口を見せてくれたと彼女は語った。「Pegou duas colheres de cozinha, de metal, juntou」(金属製の台所用スプーンを2本取って、合わせた)。冷蔵庫を背景にしてランプで照らし、彼はさんざん笑ったという。番組は、彼の資料を保管している姪が捏造を認めたと伝えたが、数時間のうちに、その姪はUFO研究家José Américo Medeirosを通じてこれを否定し、叔父は写真が偽物だと思う人々を笑っていたものだと語った。2011年1月には、写真家で姻戚の甥にあたるMarcelo Ribeiroが、研究家Alexandre Borgesに別の話を語った。Baraúnaはフィルムを水中で使い切っており、ほかの者たちが指さすあいだ撮るふりをし、物体が消えてから島を撮影し、ニテロイに戻ってから、黒い糸で吊るした磨いたFrota Cariocaのトークンを二重露光したというのだ。「Aquilo não é verdade」(あれは本当じゃない)とRibeiroは言い、「até porque disco voador não existe」(そもそも空飛ぶ円盤なんて存在しないんだから)と付け加えた。2つの告白は互いに食い違っており、Ribeiroの話は、現像したばかりのネガにBacellarが染みを見つけたこととは容易に両立しない。2008年に亡くなったAmilar Vieira Filhoは、2003年にBorgesに「eu vi o objeto e não vou fugir disso nunca」(私は物体を見た。そのことから決して逃げはしない)と語っていた。Baraúnaが何かトリックを使った可能性さえあるかもしれない、と彼は認めたが、もしそうなら、それは彼らが本当に空に見た何かのトリックだったのだ、と。同じ年、Baraúnaの未亡人はBorgesに、ネガは自分が持っていると語った。彼女はそれを手放そうとしなかった。

情報源: Família de fotógrafo revela verdade sobre fotos de óvnis em Trindade(写真家の家族、トリンダデのUFO写真の真相を明かす)Fotógrafo de Trindade admite truque em entrevista(トリンダデの写真家、インタビューでトリックを認める)Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)ETs no ES? O dia em que um OVNI foi “avistado” na Ilha da Trindade(エスピリトサントに宇宙人?――トリンダデ島でUFOが「目撃」された日)
残っているもの
物体が写っているのは4コマで、2コマには島と海しか写っていない。プリントは1958年以来出回っているが、オリジナルのネガは、Cruzeiro do Sulの技術者のもとで4日間を過ごしたあと、海軍に保管されることも、独立した研究のために公開されることもなかった。Baraúnaは権利をO Cruzeiroに売り、フィルムは未亡人が持ち続けた。文書記録は、1950年代の事件としては異例なほど豊富だ。12月と1月の目撃と、暗室についての彼自身の説明を含むBacellarの機密の任務終了報告書は、スキャンされて海軍文書館にある。José Geraldo Brandãoが署名した参謀本部の調査報告は、APROが1965年1月に掲載した英訳によって知られている。ポルトガル語の写しは、2011年に海軍の文書部門で見つけることができなかった。大臣が下院に宛てたOfício 898は現存する。プロジェクト・ブルーブックの54ページのファイルにはアメリカ武官の報告が収められ、1958年2月から4月のリオの新聞には何十もの取材記事が載っており、その一部はブラジルの研究家たちによって再公開されている。
情報源: Relatório de fim de comissão: Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade, 1º de novembro de 1957 a 16 de janeiro de 1958(任務終了報告書――トリンダデ島海洋観測所、1957年11月1日~1958年1月16日)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Project Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)Trindade Island case directory(トリンダデ島事件資料集)Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)
食い違い
目撃の時刻は、Bacellarの報告では午前11時ごろ、調査では午後0時15分だ。目撃者の数は、「8人ほど」(Moreira da Silva)や、船長が船上でとった15人の供述から、「100人近く」(1958年2月のBaraúna)、50人ほど(1960年以降のBaraúna)、そして1958年のどの資料にも出てこない48人までばらつく。Bacellarの報告では彼は暗室の外で待っていたことになっているが、1958年5月の彼の供述ではViegasが懐中電灯を持ってなかにいたことになり、ViegasはO Jornalに写真家はBacellarと一緒に閉じこもっていたと語り、O Globoは写真家は一人だったと見出しに掲げた。Bacellarは現像直後に3枚のネガに染みを見たが、海軍が受け取ったプリントは4枚だった。フィルムがどれだけ待たされたかも同じくらい定まらない。Bacellarの報告はすぐさまだったことをうかがわせ、5月の供述では1時間ほど、Baraúnaは調査に対してほぼ1時間持っていたと述べ、1967年には「cerca de vinte minutos」(20分ほど)と書いた。レーダーの話は、何もなし(Última Hora、1958年2月21日)から、前日に目標をとらえた(O Cruzeiro、3月8日)へ、前日と目撃の15分前(1960年)へ、さらに4時間前(1997年)へと変わっていった。船の電力喪失、羅針儀、映画カメラ、そしてコダックは、どれもあとになって話に入り込んだものだ。
情報源: Relatório de fim de comissão: Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade, 1º de novembro de 1957 a 16 de janeiro de 1958(任務終了報告書――トリンダデ島海洋観測所、1957年11月1日~1958年1月16日)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Caso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Caso Ilha da Trindade: o depoimento mais antigo de Almiro Baraúna(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの最も古い証言)Documento raro sobre o Caso Trindade ressurge no exterior(トリンダデ事件の希少文書、海外で再び現れる)Caso da Ilha da Trindade(トリンダデ島事件)The Trindade Island UFO photographs, Brazil, January 16, 1958(トリンダデ島のUFO写真、ブラジル、1958年1月16日)UAO Sightings at the Island of Trindade(トリンダデ島におけるUAO目撃)
説明と反論
有力な説明は、Baraúna自身が1954年に実演してみせたような、あらかじめ準備された二重露光だ。調査報告はその可能性を排除できないと認めており、2010年と2011年の告白も、小道具こそ違え同じ方向を指している。1958年のアメリカ海軍武官からMartin Powell、Kentaro Moriに至る分析者たちは、2枚目の写真の物体は基本的に1枚目のものを裏返したものだと論じてきた。実在の物体なら奇妙なことであり、模型なら簡単なことだ。Powellはまた、その輪郭をビーチクラフト・ツインボナンザと比べた。Menzelははじめ、霧のなかの飛行機を示唆した。航海日誌を調べて、甲板にいながら何も見なかった乗組員にたどり着いた空軍の文書係Rodrigo Moura Visoniは、Baraúnaは実際には通りすがりのカモメを撮影し、自宅でプリントする際に模型の円盤とすり替えて新しいネガをつくったのだと提唱している。これらすべてに対して立ちはだかるのが、目撃後に合成は行われていないというCruzeiro do Sulの所見、現像の数分後にBacellarがフィルムを点検したこと、それまでの数週間に守備隊が目撃していたこと、Vieira Filhoが生涯主張を曲げなかったこと、そしてHopfや、1978年のアリゾナの団体Ground Saucer Watchをはじめ、プリントは実在の物体と矛盾しないと判断した分析者たちだ。Martin Shoughは、コマに写った甲板の艤装品と船の図面から、カメラが立っていた位置を割り出している。
情報源: Como forjar fotos OVNI, por Almiro Baraúna(UFO写真の偽造法、Almiro Baraúna著)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号O OVNI da Ilha de Trindade: um estudo detalhado das fotografias 1 e 2(トリンダデ島のUFO――写真1と2の詳細な研究)Trindade Island case directory(トリンダデ島事件資料集)The World of Flying Saucers(空飛ぶ円盤の世界)Caso Ilha de Trindade: de prova incontestável a fraude disputada(トリンダデ島事件――反論の余地なき証拠から、争われる捏造へ)OVNI da Ilha de Trindade: uma farsa?(トリンダデ島のUFO――捏造か?)Caso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)The Trindade Island Photographs, 16 Jan 1958(トリンダデ島の写真、1958年1月16日)UAO Sightings at the Island of Trindade(トリンダデ島におけるUAO目撃)
分類と証拠に関する注記
本アーカイブはトリンダデの事件を軍事遭遇として分類している。目撃は海軍の任務中の海軍艦艇の上で起き、目撃者には海軍士官が含まれ、海軍参謀本部が調査したからだ。接近遭遇の分類は与えていない。誰も物体を至近距離から描写していないためである。この事件は、ネガが一度も独立した検証を受けていない写真と、一握りの民間人と歯科医の証言、そして守備隊のそれ以前の報告に依拠している。また、撮影者がその4年前に、そうした写真を偽造する方法を自ら公表していたという、UFO事件としては稀な例でもある。
情報源: The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Relatório de fim de comissão: Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade, 1º de novembro de 1957 a 16 de janeiro de 1958(任務終了報告書――トリンダデ島海洋観測所、1957年11月1日~1958年1月16日)Como forjar fotos OVNI, por Almiro Baraúna(UFO写真の偽造法、Almiro Baraúna著)
- 1700年
Edmund Halleyがトリンダデ島に上陸し、イングランドの領有を宣言する。
- 1889年
E. F. KnightのAlerte号の遠征隊が島で海賊の財宝を掘るが、何も見つからない。
- 1893年
James Harden-Hickeyがトリニダード公を名乗る。
- 1954年11月10日
Mundo Ilustradoが、Baraúnaがフェリーのトークンで空飛ぶ円盤の写真を偽造した手口を紹介する。
- 1957年11月1日
Carlos Alberto Bacellar少佐が、トリンダデにある海軍の海洋観測所の指揮をとる。
- 1957年12月5日
島の作業員の1人が奇妙な物体を見るが、後の本人の話によれば、まともに取り合ってもらえない。
- 1957年12月31日 · 午前8時ごろ
観測所の医師、水兵1人、作業員5人が、平たい鋼色の物体を見る。Bacellarが海軍参謀本部に無線で報告する。
- 1958年1月1日
およそ20人がふたたび何かを見る。Bacellarはカモメだと考える。
- 1958年1月8日
気球を見失ったあと、セオドライトに白い三日月形の物体が現れる。Bacellarは気球だろうと推測する。
- 1958年1月8日 · リオ
イカライのスピアフィッシング・クラブを乗せて、Almirante Saldanhaが島へ向けて出航する。
- 1958年1月16日 · 昼前
Baraúnaが船の甲板から、島の上空の環をもつ物体を撮影する。フィルムは船上で現像される。
- 1958年1月27日
Bacellarが海軍参謀本部で証言し、情報将校が調査を開始する。
- 1958年2月6日
機密のメモが、ヘリコプターによる島の捜索とカメラの常時準備を勧告する。
- 1958年2月21日
写真がリオの新聞各紙の一面に載る。
- 1958年2月22日~26日
海軍は写真は証拠にならないと述べ、大臣の「大きな秘密」という言葉が報じられ、乗船していた最上位の科学者は何も見なかったと語る。
- 1958年2月27日
Sérgio Magalhães下院議員が、海軍のファイルを提出させるよう下院に求める。
- 1958年3月1日
島にいた地質学者が、守備隊の誰も円盤を見ていないと語る。
- 1958年3月8日
O CruzeiroがBaraúnaの詳しい証言を掲載する。
- 1958年3月11日
アメリカ海軍武官がBaraúnaをトリック写真家と呼び、宣伝工作を示唆する。プロジェクト・ブルーブックは後に事件を「おそらくいたずら」として分類する。
- 1958年4月9日
海軍大臣が調査報告を議会に送り、海軍は公式にこの件と結びつけられることを望まないと述べる。
- 1958年4月16日
Correio da Manhãが、海軍の調査が空飛ぶ円盤を確認したと報じる。
- 1960年
Olavo Fontesの3回連載の報告がAPRO Bulletinに載る。Baraúnaはリオの空飛ぶ円盤研究会で、レーダー、舷窓、動かなくなったウインチについて語る。
- 1965年1月
APROが、リークされた海軍の調査報告を英語で掲載する。
- 1983年
BaraúnaがブラジリアでJ. Allen Hynekに自分の話を語る。
- 1997年
BaraúnaはMarco Antônio Petitに、昔の財宝写真はトリックだったが、トリンダデは別の話だと語る。
- 2000年7月29日
Almiro Baraúnaが死去する。
- 2010年8月15日
Fantásticoが、2本の台所用スプーンをめぐるEmília Bittencourtの証言を放送する。
- 2011年1月
甥のMarcelo RibeiroがAlexandre Borgesに、円盤はフェリーのトークンだったと語る。
情報源とインタビュー
情報源は原語のままです。タイトルと説明は翻訳されています。
Relatório de fim de comissão: Posto Oceanográfico da Ilha da Trindade, 1º de novembro de 1957 a 16 de janeiro de 1958(任務終了報告書――トリンダデ島海洋観測所、1957年11月1日~1958年1月16日)海軍少佐Carlos Alberto Ferreira Bacellar · ブラジル海軍の機密の任務終了報告書 · Arquivo da Marinha、Diretoria do Patrimônio Histórico e Documentação da Marinha(スキャンPDF)The A.P.R.O. Bulletin、1965年1月号Aerial Phenomena Research Organization(ツーソン) · 1964年にリークされた、ブラジル海軍参謀本部のトリンダデ関係書類と報告書の英訳 · Internet ArchiveIGY Team Snaps UFO(国際地球観測年の調査隊がUFOを撮影)The A.P.R.O. Bulletin · 1958年3月号 · Internet ArchiveUAO Sightings at the Island of Trindade(トリンダデ島におけるUAO目撃)Olavo T. Fontes、John T. Hopfによる写真分析付き · The A.P.R.O. Bulletin · 1960年5月号(連載は1960年1月~5月) · Internet ArchiveProject Blue Book case file: 16 January 1958, Trinidade Island(プロジェクト・ブルーブック事件ファイル――1958年1月16日、トリンダデ島)アメリカ空軍 · 全54ページ。リオデジャネイロ駐在アメリカ海軍武官による海軍情報局(Office of Naval Intelligence)情報報告39-58(1958年3月11日)を含む · The Black VaultCaso Ilha da Trindade: documentos sigilosos são revelados(トリンダデ島事件――機密文書が明かされる)Alexandre de Carvalho Borges · Além da Ciência · 2011年5月6日 · 海軍文書館の写しと1958年のリオの新聞に基づくCaso Ilha da Trindade: um ardil publicitário ou uma sólida evidência dos UFOs?(トリンダデ島事件――宣伝の策略か、UFOの確かな証拠か)Alexandre de Carvalho Borges · Além da CiênciaCaso Ilha da Trindade: sobrinho de Almiro Baraúna afirma que as fotos são um truque(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの甥、写真はトリックだと断言)Alexandre de Carvalho Borges · Além da Ciência · 2011年2月2日Caso Ilha da Trindade: o depoimento mais antigo de Almiro Baraúna(トリンダデ島事件――Almiro Baraúnaの最も古い証言)Alexandre de Carvalho Borges · Além da Ciência · 2011年5月23日 · 1960年5月3日にBaraúnaがSBEDVで行った講演Caso Ilha da Trindade: entrevista com o fotógrafo Almiro Baraúna em 1976(トリンダデ島事件――1976年の写真家Almiro Baraúnaへのインタビュー)Alexandre de Carvalho Borges · Além da Ciência · TV GloboのGlobo Repórter(1976年7月)の書き起こしThe Trindade Island UFO photographs, Brazil, January 16, 1958(トリンダデ島のUFO写真、ブラジル、1958年1月16日)Patrick Gross · UFOs at Close Sight · 1958年3月8日付O Cruzeiroと、1983年のHynekインタビューの英訳付きTrindade Island, Brazil, 1958: the photographic case(トリンダデ島、ブラジル、1958年――写真事例)Patrick Gross · UFOs at Close Sight · ポカンティコ・ワークショップの要約。海軍情報局の報告とHynekのコメント付きComo forjar fotos OVNI, por Almiro Baraúna(UFO写真の偽造法、Almiro Baraúna著)Kentaro Mori · Ceticismo Aberto · 2008年1月17日 · Mundo Ilustrado第93号(1954年11月10日)の再録Fotógrafo de Trindade admite truque em entrevista(トリンダデの写真家、インタビューでトリックを認める)Ceticismo Aberto · 2010年 · 1997年のMarco Antônio Petitによるインタビューと、Fantásticoの報道についてTrindade Island case directory(トリンダデ島事件資料集)Kentaro Mori · Ceticismo Aberto · 調査資料集、2006年10月O OVNI da Ilha de Trindade: um estudo detalhado das fotografias 1 e 2(トリンダデ島のUFO――写真1と2の詳細な研究)Martin J. Powell · Ceticismo Aberto · Unopened Files第11号(1999年)に載った彼の研究のポルトガル語訳Família de fotógrafo revela verdade sobre fotos de óvnis em Trindade(写真家の家族、トリンダデのUFO写真の真相を明かす)Gazeta do Povo · 2010年8月 · 2010年8月15日のFantásticoの報道についてCaso Ilha de Trindade: de prova incontestável a fraude disputada(トリンダデ島事件――反論の余地なき証拠から、争われる捏造へ)Vigília · Rodrigo Moura Visoniによる航海日誌の調査を含むDocumento raro sobre o Caso Trindade ressurge no exterior(トリンダデ事件の希少文書、海外で再び現れる)A. J. Gevaerd、J. Antonio Huneeus · Revista UFO · 2010年8月31日 · Colman von Keviczyを経由した、1967年1月30日付のBaraúnaのタイプ打ち供述書についてCaso Trindade: CBU recupera documento oficial de 1958(トリンダデ事件――CBU、1958年の公式文書を回収)Revista UFO · Sérgio Magalhães下院議員による下院への請求第2957/58号についてTrindade Island UFO Revisited(トリンダデ島のUFO再訪)Kevin Randle · A Different Perspective · 2010年8月The Trindade Island Photographs, 16 Jan 1958(トリンダデ島の写真、1958年1月16日)Martin Shough · 写真分析OVNI da Ilha de Trindade: uma farsa?(トリンダデ島のUFO――捏造か?)Rodrigo Moura Visoni · OVNI Pesquisa第22号、2025年1月、18~22ページ · Wikimedia Commons(CC0)The World of Flying Saucers(空飛ぶ円盤の世界)Donald H. Menzel、Lyle G. Boyd · Doubleday、1963年 · Wikimedia CommonsETs no ES? O dia em que um OVNI foi “avistado” na Ilha da Trindade(エスピリトサントに宇宙人?――トリンダデ島でUFOが「目撃」された日)A Gazeta(ヴィトリア) · CapixapédiaETs no ES? O dia em que um OVNI foi “avistado” na Ilha da Trindade(エスピリトサントに宇宙人?――トリンダデ島でUFOが「目撃」された日)A Gazeta · YouTubeO “Disco-Voador” da Ilha da Trindade (1958)(トリンダデ島の「空飛ぶ円盤」、1958年)Canal Memória · YouTubeThe Cruise of the “Alerte”: The Narrative of a Search for Treasure on the Desert Island of Trinidad(アラート号の航海――無人島トリニダードでの宝探しの物語)E. F. Knight · Longmans, Green(ロンドン)、1890年 · Project GutenbergCaso da Ilha da Trindade(トリンダデ島事件)Wikipedia · ポルトガル語版Trindade and Martim Vaz(トリンダデ・マルティンヴァス諸島)Wikipedia · 英語版誤りに気づいたり、もっと良い情報源を知っていたりしたら、hello@uap.fun まで知らせてほしい。
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デセプション島上空の光もうひとつの辺境の島の守備隊、もうひとつの海軍の発表、そして約束されながら一度も示されなかった写真。空が手を振り返した夜1年後、海を隔てた遠い地で、辺境の海岸の伝道所の人々が、浮かぶ機体の上の人影を見守った。そこでは誰ひとり写真を撮らなかった。コラレスを狩った光20年後、ブラジル空軍はアマゾンの海岸の上空の光を撮影し、そのファイルを何十年も秘密にした。プロジェクト・ブルーブックの内側写真を一度も入手しないまま、トリンダデの事件を「おそらくいたずら」として分類したアメリカ空軍のプロジェクト。この事件について語る
ほかの読者とメモを突き合わせよう。目撃者の細部、情報源、そしていまだ辻褄の合わない部分について。フォーラムは英語です。
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